Novel

7話

 熱くて絡みつくような感触が指先にある。ひどくきつくて、指の感覚がなくなりそうだ。だが、感じなくなるのが嫌でゆっくり引き抜く。
「……うぅ」
 苦しげな声が聞こえて手を止めた。うつ伏せになって、近場から引っ張ってきた座布団を必死になってひっつかんでいる鼻眼鏡がうつろな目をこちらに向けてくる。後ろから回り込んでいるオレを見上げるようにしている鼻眼鏡の顔がやたらとかわいいように思えてくる。頭をなでる代わりに差し込んだ指をすこし動かすと身体をぎくりとさせた。
「痛い?」
 問いかけに首を振るもののどことなく苦しそうな顔になんともいずに手を止めたまま様子をみる。いちおう、傷つけないようにと潤滑になるようなものは塗っているが、それでもつらいだろう。そう思うと先には進めない。
「痛いっていうか、気持ち悪い……」
 まあ、よっぽどのことがない限りこんなところに指なんかいれまい。気持ち悪さが想像できないのですこし抜いてやろうとさらに指を抜く。
「ふあっ」
 鼻眼鏡が声を漏らす。苦痛じみた声なのに、それですらもっと聞きたくなるのは自分が感情的に暴走しているからだろう。抜くのを止めて、熱い肉を掻き分けて中をこすりあげる。爪だけは立てないように、気をつけながら指の関節で内側を押す。
「んくぅ……」
「っつ、力抜いてっ……でなきゃ指が」
 すごくきつい。だが鼻眼鏡は余裕がないのか、呼吸を荒上げるだけで蠢くいている。もぞつかれると背中に覆い被さるようにしている自分の肌に鼻眼鏡の肌が触れて、そのじっとりと汗で滲んだ感触に理性を失いそうになる。中を弄るのをすこしだけ止めて前を空いている手で握ってやる。痛みと気持ち悪さからか萎えていたそれをゆっくり扱く。ぬるりと濡れた感触がする。
「あっ……わ」
 強ばっていた鼻眼鏡の身体がいきなり緩む。背中に滲む汗を口で舐めとりながら、愛撫を続けた。徐々に硬くなっていくのにあわせてすこしずつ後ろにいれていた指を動かす。なるべく気持ちよく感じているときゆっくりと中を弄った。
「んんっ……」
 声がくぐもっている。どうやらひっつかんでいる座布団を噛んで声を耐えている。悔しくなって身体を下へとずらした。背骨に沿って背を舐めそのまま、尾てい骨のくぼみも舐めた。目線を落とすと自分の指がみえる。ぐっと力をいれて内壁を弄ると鼻眼鏡が跳ねた。そのまま抜かずに自分の指の根本を濡らすように舐めた。
「ん! なっにを」
「舐めてる……よ。指だけど」
 そんなことをいいながらもわざと唾液をなすりつけるようにさっきまで指を咥えていた入口を舐める。ぐっと力がこもって鼻眼鏡が震えた。抵抗される前にと濡らした指先を奥へねじるようにいれる。べとついた指先はぬるりと先ほどより引っかかりなく中へ入り込んだ。ときおり、いやらしい音がしてそのたびに鼻眼鏡が小さく震える。自分も余裕がなくなってきた。事実、自分のものはしっかり勃っていて余裕がない。ひくついている自分のものがなにかをねだって落ち着かない。指を抜き、臀部を押し広げて舌先で触れ、濡らすために唾液を擦りつけ舌先を差しいれた。鼻眼鏡がわたついて慌てたのが解ったがそれを押さえるように抜いた手で前を扱く。舐めているあいだ、弄っていなかったのにそこはしっかり勃っていた。
「おっきいし、べとべとする」
「いわ、なくていいっ!!」
 大否定の鼻眼鏡の叫び声に口の中で笑いながら、顔を上げる。必要以上にくっついていた状態から急に距離をとったのが不安だったのか、鼻眼鏡がこちらを見た。背中に被さるように顔を近づけるとさきほどまで弄っていた尻に自分の勃っているものを擦りつける。先走りで濡れた自分のものでいやらしい音がする。鼻眼鏡の尻が震えた。
「するから、力、抜ける?」
 ゆっくり擦りつけたものを動かしながら誘う。鼻眼鏡が一瞬怯えるような顔をしたがそれも擦りつけるたびに困惑に表情を変えた。妙に色っぽい。
「……なんか擦りつけてるだけで、イキそう……」
 ぬるつく感触と触れている自覚が我を失わせる。無我夢中になって突き挿れたいがそれを抑える。怪我をさせたいわけじゃないし、自分だけが気持ちよくなりたいわけじゃなかった。どうにか、一緒になれないかと模索して前を弄った。
「あっ」
 扱きながらゆっくりと中へいれる。なすりつけていたおかげか、指で弄ったのはよかったのか解らない。先が中へ入っていく。熱くてきつい。
「くっぅ、狭い……」
「ああっ、くぅっ……」
 きつさのせいか鼻眼鏡が身体に力をこめた。ただでさえひどい閉塞感が痛みを伴う。千切れそうな痛みにおもわず声をかける。
「い、息。止めんな、痛いっ……!」
 必死になって、背をなでる。それだけじゃなく、顔をこちらにむりやり向かせて、口に舌をいれる。乱暴に舌を啜って唇を軽く噛む。
「んんっ! はっ、ぁんくっ」
 吸いついた舌は逆にオレの口の中を貪るように乱暴に腔内をまさぐる。翻弄されまいと挑むように舌を絡めながら、触れていた鼻眼鏡のものを改めて扱いた。なるべく強く。
「んっ、はっ」
 鼻眼鏡が唇を離し、ほんのすこし脱力する。それを見計らってゆっくり、腰を奥へ挿れていく。ゆっくり彼の感じている行為にあわせてなるべく痛みを感じないように心がける。
「っつ、熱」
 指でも感じていた熱い肉が挿しいれたその自分のものに絡む。指先以上に敏感なそれは熱を絡む中に刺激されて耐え難いぐらい気持ちがいい。鼻眼鏡の様子を窺いながらなので動きを止めるたび、拒むのか招きいれているのか解らない脈動に達してしまいそうになった。
「やっ、ばい」
 鼻眼鏡は声すら上げずに震えている。それに気づいて慌てた。苦しいかもしれないと軽く抜く。
「あっ……ひっ」
 首を振って鼻眼鏡がこちらを目だけでみつめてきた。痛かったのもあっただろう。目から涙が零れている。あ、やってしまった傷でもつけたかと一瞬焦る。
「抜かないで! いいからっ」
 とっさに言葉を聞いたまま従ってしまった。思うがまま押し込む。熱が絡む。狭い中を抉るように突いた。
「くっ……」
「いっ、ぁあっ」
 根本まで考えずにねじ込む。苦しさに腰を引くと鼻眼鏡が声を上げた。その反応にもう一度ねじ込む。
「んっ。んくぅっ」
 そんな無茶な動きでも、鼻眼鏡は呼応するようにいやらしく鳴いた。もっとという欲求をありのまま身体で伝える。前を扱きながらべっとりと汗をかいている鼻眼鏡の背を舐める。
「ひぁっ……あっ、苦しっぃっ、んあっ」
 ほんのすこし動きを止めると鼻眼鏡は無意識なのか自分自身で身体を押しつけてくる。それが、ただでさえ余裕のないオレを煽って結局、無我夢中で自分自身を押しつけた。オレの根本を締めつけている入口がひくついてねだるように蠢く。
「っ、なんか、あっ」
 気を抜くとそれだけで達ってしまいそうになるのをなんとか耐える。小刻みに震えていた鼻眼鏡に身体を寄せて括っているゴムが緩んでしまった髪を掻き上げ、みえた耳を噛む。涙が流れて濡れていた目がうつろにこちらをみた。
「あー……」
 目が合うが目を細めただけだ。もう一度、耳朶を噛む。ぴくぴくとまつげが震えている。変わる表情に愛おしさを感じて止まらなくなりそうだ。
「鼻眼鏡かわいいんだけど……」
「あ、のさ……鼻眼鏡って、いうの止めない?」
 もぞもぞと動きながら鼻眼鏡が恥ずかしそうにつぶやいた。確かに眼鏡はしていないから、鼻眼鏡というのは正しくはないだろう。けれど。いい慣れてしまった分、いまさら変えにくい。なにより、恥ずかしい。
「別にいいじゃん」
 鼻眼鏡がなんともいない顔をした。逃げるように顔を逸らしたので、腰を引き寄せた。
「っん!」
「名前がいい?」
 聞きながら、ねじ挿れる。床に伏して今にも伏せてしまいそうな鼻眼鏡の腰だけを両手で掴んでこちらに寄せる。奥へ奥へ可能な限り突く。
「いっ、あっ」
 鼻眼鏡が耐えられずに畳にツメを立てた。きゅっと締まるそこに腰がちりちりした。かまわずに押し込む。声が聞きたい。なんでもいい。
「あ、あっ」
 呼気に紛れて鼻眼鏡が喘ぐ。すこしでも楽にさせたくて前も弄った。唇で背に吸いつく。前はじっとり濡れて硬くなっているそれをねとつく先走りを塗りつけるようにゆっくり扱いた。後ろがぐっと縮こまる。
「っつっ、やばいかも」
 貪りたい欲求がそのまま動きになってしまう。止めることもできずに掴んだ鼻眼鏡の腰を動かす。力任せの動きに鼻眼鏡は抵抗することができないのか、声を上げることしかできなくなっていた。ひくひくと握っていたものが震えている。鼻眼鏡が限界に近いとなんとなく感じ取ったとたん、ぐっと締まった。
「っくあ……っあ!」
 握っていた手にねっとりと熱いものが脈打つ、それに押し出されるようにして零れてくる。あわせるように鼻眼鏡の身体が弛緩し、オレのものをきつく締め上げていた部分も緩んだ。
「っうく」
 締めつけていた部分が一気に緩んで気が抜けた。耐えていた射精感が一気に沸き、我慢する暇などなかった。鼻眼鏡の奥で熱を放つ。中で熱を放ちながら脈打つオレのものに驚いたのか、鼻眼鏡が身体を震わせた。汗でべとついた身体をなでる。ぼんやりした鼻眼鏡がうつろな目をこちらに向けてなにかいった。聞こえない。聞き返す気力はなかった。

 なぜ、人の家で自分のシャツを裁縫しなければとちょっとだけ疑問に思った。鼻眼鏡はシャワーを浴びている。実のところ先に借りて身綺麗にはしたのだが、服を着ようとして、ボタンがはじけ飛んでいるのに気づいたのだ。ボタンは畳の上のいろいろな汚れを処理している中で見つけたので問題はないが腑には落ちない。男親しかいない身でしばらく居たからボタンつけぐらいはなにとかなるからいいけれど。興奮していたとはいえ乱暴だな。なんとか形になった補正にほっとしながら裁縫道具を元に戻した。
「ちゃんとつけられた?」
「うん、って、え!」
 うなずきながら顔を向けておもわず声を上げてしまった。スウェット上下を着込んでどことなくほかほかしている鼻眼鏡が目の前にいるのだが、きっちり眼鏡をかけているのだ。あの鼻眼鏡を。
「なんだよ。眼鏡いいじゃん、外したって」
「そんなこといっても……これしかないし」
 裁縫道具をまとめて差しだすと、鼻眼鏡は受け取りながらそれを棚に戻す。あれだけ見ていた素顔も隠れてしまってなんだか悔しい。
「なんだよ。顔隠す必要はないだろ」
「い、や。目が悪いんだっていったじゃないか」
 どうにもこうにも歯切れが悪くてむかつく。正面に座ると鼻眼鏡がため息をついた。なんだか動きがぎこちないのはオレのせいなのだろう。
「……腰だいじょうぶ? 腰というか」
「だいじょうぶだから! みなまでいうな」
 慌てて止められて言葉を止める。なんだかどうも態度がぎこちない。そりゃ、さっきまでやっていたことを考えると普段に戻るのは難しいのかもしれないけど。こっちとしては変わらず接しているつもりだ。ほんのすこし立ち位置が変わった気がするけれど。
 ぐっと距離を近づけてみた。視界が眼鏡で良好だからなのか鼻眼鏡がぎょっと身体を強ばらせたので胡座の上でぼんやりしていた両手を握って後方に逃げられないようにする。付け鼻は覆うようにできているのでアップでみると邪魔だ。だが、そっちより眼鏡の奥の目が思い切りオレから目を逸らしたのがみえた。だが、握った手は突っぱねることはせず逆に握り替えしてきている。
「なに、恥ずかしいの?」
 目どころか顔ごと伏せていて覚る。年上だけれどもどうにもかわいい。鼻眼鏡が気になるが、気になるからといってむりやり取るつもりはなかった。ただでさえ恥ずかしがっているのに追い打ちをかけるのはほんのすこし可哀想だ。
「あんな……ふうになるとは思ってもみなくて……」
 しゃべる先から徐々に言葉が曇っていく。本人は必死なのだろうが、どうにもこちらはおもしろくて仕方がない。握っている手は風呂あがりの熱さとは違う熱を帯びているのが解る。
「サトルさん」
「え?」
 強面が呼んでいた名前を呼ぶ。思ってもみない呼び方で呼ばれたのに驚いたのか鼻眼鏡が顔をほんのすこし上げた。そのまま顔を近づける。唇も温かい、触れるだけにしてやろうと思ったけれど、なにかいいたかったのか唇が動いて欲求が沸く。舌先で唇を舐めて下唇を吸う。
「んっ」
 おぼつかない反応にふと目を開けて、耐えられなくなった。おもわず離れる。
「その眼鏡だめだろやっぱ!」
「だ、だめだって! 外さないって!」
 外しにかかろうと襲う勢いで猛進したがどうにも譲れないようで、めいっぱい力業で避けられた。どんなに触りたくてもあの眼鏡じゃ笑ってしまう。雰囲気とか台無しだろう。どんな場面であろうとも。
「んー。帰るかな」
「……そ、そうしなさいよ。いい時間帯だし」
 カバンの中からケータイを取りだしてだれかしらの連絡があったかどうかを確かめるついで時間をみた。確かに深夜までは及ばないが、それなりの時間である。
「わりと時間かかったのな」
「なにが?」
「エッチすんの」
「早く帰れ!」
 首にかけていたタオルを放ってくるのをさっと避けて立ちあがる。わたつく鼻眼鏡を伺いながらカバンを持つと土間に転げていた自分の靴を履く。鼻眼鏡もこちらにやってきた。まだすこし、歩き方がおかしい。
「気をつけてね」
「うん。んじゃね」
「あ、えっと」
 濁った言葉になんだろうと振り向く。目の前に鼻があった。しょうがないのだけれど、唇の感触よりそっちに目がいってしまった。