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5話

「ごめん」
 母親の言葉も、親父の言葉も同じだった。ことに父親は結衣おばさんからこってりと絞られたのかいつも以上に小さくみえた。とはいえ、オレは親父の仕事好きを知っているし、今回のこともありがたい課題だと思っている。ふらふらした思考をちょっとは締めるきっかけになるだろう。なったらいいなあ。そんな程度だが。
 自分のことが済んだことで安心し、気が楽になったら今度は、鼻眼鏡のことが気にかかった。別れ際が予想外のごたつきだったのでもうあえないのじゃないかと不安になる。数日、寄ってみたが花屋は閉まったままで変わりはなかった。張り紙すらなかったせいか事情を知らないお客が店の前でうろうろしていたオレに声をかけてきたこともある。心配で三日目は学校帰りに寄った。視界に夕暮れを過ぎた暗い通りをシャッターから漏れる光が照らしていた。開いていると思って駆け寄る。
「うあ」
 暗くてわからなかった部分に、このあいだ乗り付けていた黒光りの車があっておもわず突っ込むところだった。慌てて止まって店先を覗く。
「お。少年」
 いつもの通り、鼻眼鏡はあの間抜けな鼻眼鏡のまま植木鉢を持っていた。店中に入ろうと思ったが、強面が傍らにいて躊躇してしまう。しかも、このあいだの人とはまた趣の違う強面で別の人だった。だが、ちょうど話が終わったのか察したのか、その新しい強面はなにもいわず店を出てきた。避けるように自分は店の中に入る。
「だいじょうぶなのか?」
「帰れなくって、花の世話がまったくできなかったんだよね。ガラスケースにいれていたのはまだマシなんだけど」
 のんきながらどことなく寂しそうな顔で半枯れの植木の葉をなでている。周りを見ればどの花も心なしか元気がない。花びらが周囲にいくつか落ちていた。植木を一箇所にためて様子をみて、捨てる花はバケツから取り出しているようだった。新聞紙の上に山積みになっている。
「いや、花とか店じゃなくて」
「実家に帰っただけだよ」
 そういわれるとなにもいないのでそのまま黙った。まあ、確かにどんな家柄にせよ、家なのだから、どこか馴染みがあるのかもしれない。とはいえ、こちらとしては心配していたので、ちょっとだけむっとしてしまう。鼻眼鏡は鉢物を整理して、すこしずつ水を与えてことが済んだのか満足げな顔をすると、こちらに向かってきた。通りすがりに頭をなでられる。
「まあ、心配か。あんな怖いのについてったら」
 強面を警戒していたのが丸わかりだったのか、どこかからかいを含めた口調と仕草で慰められて恥ずかしさで結局なにもいなかった。そのまま部屋へとあがり込んでいく鼻眼鏡を追いかける。
「店は?」
「もう遅いから、営業はあさってぐらいかなあ。あー謝らなきゃいけないところがあるし……」
「なあ、ほんとにだいじょうぶ?」
 鼻眼鏡は顔をあげると首を傾げた。なんだかオレと鼻眼鏡で事態の把握レベルに違いがあるようだ。事情を聞いていいのかどうかも分からないので困ってしまう。
「こっちは心配したの。怖い顔した、いかにもな人と車みて。変な風にごまかすなよ」
「うん」
 短い沈黙にほんのすこし苛立ちを感じながら鼻眼鏡の様子を窺う。鼻眼鏡はすこし考えているのかきょろきょろとしていた。それから目を逸らさずにいると、小さくうなずいてなにか決意する。
「友だちってわけじゃないし……いいたくないなら仕方ないけど。気になるんだよ」
 事情を聞いて怖くなる可能性もあるだろうとよぎる。あの強面を扱っている社長が虫も殺さないような人物だとは思えない。
「友だちじゃないって……」
「あ、いや、それは年上だろうし、なんか世話になってばかりだし」
 自分でいっていてどこか情けない。自分でいいながら不安になってしまった。変なことをいって賛同して口を閉ざされてしまうと自分はそれ以上つっこんで話が聞けない。
「まあ、友だちというには、ちょっと感覚が違うね」
「あ、うん。だから、その、そんな半端なまま終わるのはつまらないじゃん。もうすこし仲良くなりたいのに」
 せっかく知り合ったのに、助け舟を出してもらったのにそれだけで関係を終わらせるのはもったいない。
「だいじょうぶ。まあ、たまにはなんかあるかもしれないけどね。いなくなるつもりもないし。ちゃんと教えるよ。それで安心するなら」
 なんだか、ちょっと子どもをあやすような柔らかな言い方が妙に恥ずかしく。顔をうつむけると、かすかに笑う声がした。なんで必死になっているのだろう。オレは。
「まあ、うちは特殊で、なんとなく察しているだろうけど、まあ、そっちの筋の人だよ」
 眉が歪む。嫌悪の顔に鼻眼鏡があまりよく思っていないことが知れる。自分にとってはドラマやニュースの世界でしか知り得ないこと以外のことも、みえてしまうのだろう。
「まっとうに近い仕事もあるんだけれど、世俗の中ではそういう集団として認識されているし、口に出せないような仕事もゼロじゃない。そんな中で、自分はけっこうのうのうと生きていたんだよ」
 自嘲がこもり、口元が歪んで昔の自分を今の鼻眼鏡は嫌っているのだと知れる。まあ、小さなころなんて、親がなにをやっているかなんて無頓着だ。自分だって親父の仕事内容を事細かに聞いたのは授業かなにかで聞いてくるよういわれてだった。
「ああいうところは権力が世代移りしやすい。親も次がせる気があってじわじわと攻めてきた」
 知り合いという名目でお偉いさんにお目通りされたりといろいろされて、鼻眼鏡は気づいたらしい、これはやばい。と。
「やりたいことが自分の中で決まって、大学もそっちに進みたかった。けど、なかなか許してもらえなかった。親は経済とか、不動産とか関わっていることをやらせるか、自分たちの目が行き届くような会社にいれるつもりだったみたい。反発したし、ありとあらゆる手を使ったね」
 受験先を告げないまま、希望のところを受けたらしい。組の中にはまったく無頓着のまま育っていた鼻眼鏡をあとに据えるのは快く思っていない人もいたらしく、そういう人を逆に丸め込み、うまくこなしたらしかった。
「入学しちゃえばね。あとはなんとでもなる。そこらへんは人の親だから」
 だまくらかしたことに激怒するぐらいで強硬手段までにはいたらなかったらしい。学校を止めずに済んで、鼻眼鏡はとりあえずその状況から逃げられた。
「研究系だったのも幸いしたかな。ずーっと学校にいり浸っていたから、あまり家にも帰らなかったし」
 研究関係の人たちはあんまり世間的なことに関心が薄かったのもあって、敬遠するような人は少なかったらしい。友人もでき頓着しない研究者の話は専門的な話だけしかしなかったがそれなりに楽しかったそうだ。
「あとは、卒業後のために。反発するまえにもらっていた小遣いをいろんな手段で増やして、この店を譲ってもらったわけだ」
 以前、ここで花屋を営んでいたおじさんは借金を抱えていたそうだ。その借り主が鼻眼鏡の両親と関係ある会社だったので、鼻眼鏡はそのおじさんの借金を自分の金でまるっと返させて、田舎へ逃げるおじさんのかわりに店を譲ってもらったのだそうだ。
「借金って」
「そんなに多額じゃなかったよ。ただ、借りた場所が悪かったね」
 借金はするもんじゃない。そんな思いが巡る。返済は滞り気味で、危なかったらしい。
「まあ、顧客の中から選んだ先だったから、捕まっちゃったけど」
 半笑いで頭をかいて、鼻眼鏡は席をたった。オレの真後ろにある台所に向かって、コップと飲み物をもってくる。今回はオレンジジュースのようで、ペットボトルにはみずみずしいオレンジの写真が写っていた。
「勝手にでていけば、よかったじゃないか」
 注がれたオレンジジュースに口をつけながら、ぼんやり思う。二十歳も過ぎているなら、家を借りるのも稼ぐ場所もみつかるだろうに。
「まあ、嫌がらせしたかったんだよね。家のお金をもっているのも嫌いだったし」
 鼻眼鏡も同じようにジュースを口にしながら淡々という。よっぽど嫌いなのだろうか。それでいながら家に帰る度胸はあるのがすごい。そういうところはその筋の家族や環境で育ってきているからだろうか。
「んで、どうしたのさ」
「三日ぐらい? 閉じこめられてたかな。なにをするでもないから苦痛だったねえ」
 あのあと、すぐに自分の部屋へとつれていかれずっと話し込まれたらしい。親父さんはどうも鼻眼鏡をあとにつかせたくて仕方がないようで、反対意見は聞く耳持たず。本人の意向も無視だそうだ。
「あれは、宗教の勧誘よりひどいな。さっきのおじさんみたいなのがいっぱいいるんだもん」
 正直、想像して鳥肌が立った。恫喝とかされたら速攻ではいはい、いうことを聞いてしまいそうな自分がいる。
「まあ、自分のいうべきことは、いったから。その上で監禁されたんで、今日は協力をしてもらって逃げてきたわけだ」
 オレのみた今日の強面は反対派らしい。なにもいわずに出ていったのは、別に気遣いでもなんでもなかった。ただ、鼻眼鏡自身をうっとうしいと思っているからだったのだ。
「組にとって力不足だし、イヤだといっているのにこの世界にいれさせるっていうのにいい感情は持ってないみたいだね。あっちの業界もけっこう厳しいみたいだから」
 確かにこの間抜けな鼻眼鏡をしてなくてもオレと大差ない体型では力的にも頼りなさそうだ。それになにより、嫌いなことをやっていい結果がでるとは思えない。
「まあ、今後もなんかあるだろうけど。自分は変わらない。さすがに程度の低い組じゃないから、暴れにくるとかはないはず」
 そういう部分も見越しての行動が今なのだろう。ほっとしているようにくつろぐ鼻眼鏡はここを家だと思ってリラックスしている。もう、自分の家は彼にとっては家ではないのかもしれない。
「ふうん。じゃあ、まあだいじょうぶなのか」
「うん。なんかあったらなにかしますよ」
 そういうとオレンジジュースを煽って一息ついた。いちおう、鼻眼鏡は大人なのだからそれなりの対処法は考えているのかもしれない。
「たいへんだね」
 話が一段落したようで、息をつく。いろんな家族がいるものだ。自分は片親だけれど、親父の仕事はまっとうだし、自分もひと通りはまっとうに生きているつもりだ。少なくともそういう世界に知り合いはいない。
「んじゃ、その鼻眼鏡はなんなのさ」
 冗談なのか本気なのかいまだ分からない。まさかとは思うが、小さなころからそれで過ごしてきたわけじゃなかろう。親への嫌がらせなんてこともないと思う。
「えー。おしゃれ?」
「投げるよ」
 おもわずオレンジジュースを飲み干したコップを構えると慌てて鼻眼鏡がそれを取り上げる。奪われたコップは傍らのちゃぶ台に避難するように置かれた。
「目が悪いの。まあ、これでちょっとは顔立ちが目立たないかなんて、期待したけど。なんか目立ったみたい」
 自覚なしでやっていたのかと、めいっぱい呆れる。逆に目立たせて、顔立ちを明確にしないとか逆発想をしていたのかとも思ったがそれですらないらしい。
「本気でいってる?」
「それなりに」
 さらりといってのけた鼻眼鏡に、おもわず手が出て頭をはたいた。けっこういい音がして鼻眼鏡がうつむく。
「痛いよ。冗談というか、まあ、いろいろとさ。あんまりしゃべるのは得意じゃないから……こういう格好をしたら、すこしは気が楽になるかなと」
 そういや、しゃべるのは難しいといっていたような気がする。だからといって、鼻眼鏡で解決できる話なのだろうか。のんきな町だから受けいれられたのだろうが、それ以外では通じまい。
「もとより敬遠されがちだったし、大学の友人とは専門の話かしないから、いわゆる世間話っていうのがよくわからなくて」
「うーん。顔を隠せばなんとかなるもんなの?」
「うん……まあ」
 言葉が濁る鼻眼鏡にすこしばかり優越感を抱いてしまう。オレの場合、世間話なんて普段していることだからそんなに抵抗はないし、結衣おばさんとかもいるので年上の会話にはことかかない。とりあえず、気になったことをしゃべれば相手だって乗ってくる。
「専門ってなにやってたのさ」
 そんなに世間からかけ離れた話になるものなのか。ちょっとばかり、鼻眼鏡が学生時代になにをやっていたか気になった。
「なにっていうかと、農学の生物生産工学、いわゆる生産に関わる動植物を研究するっていう……自分は生産植物の病害抵抗向上のための……」
「……あーあー」
 しまった、単語の意味を噛みしめている間に難しい言葉がでてきて理解に及ばない。変な声を上げたオレに気づいて鼻眼鏡が半笑いになった。口が笑みを浮かべながらも眉が寄っている。
「まあ、植物を扱ってるんだよ。花は専門外なんだけれどね。触れたことはあるから」
 ちょっと嬉しいのか唇が綻んでいる。どうやら話の主導を握れる話題なのだろう。オレにとってみれば、世間話よりもそんな難しい話のほうが簡単なのが不思議でたまらない。話題を変えよう。
「眼鏡は外さないの?」
「え?」
 もう、親元には場所が知れてしまったようだし、ほかに関しても鼻眼鏡をしている理由がない。だいたい普段している必要はないだろう。不審っぷりは妙に受けいれられているから、していても問題はなさそうだが、なにより自分が気になる。どんな顔をしているのだろうか。
「いや、でも、してる状態で別に不都合ないし……」
 どうやら外すす気がまったくないらしい。そういわれるとただの話題逸らしに持ち出した話題だったが気になってしまった。歩み寄ってみる。外してやろう。
「いいじゃん」
 当然だがいきなり詰め寄られて鼻眼鏡が身を引いた。それを追って這い寄っていく。ここまで否定されると興味はいっそう湧いた。どんな顔をしているのか興味はある。
「ちょっとでいいから」
「いや。おもしろくないから!」
 予想外の抵抗におもわずオレはムキになった。完全にのしかかると、顔の脇に手を置いて、逃げられないようにする。友だちとのバカ騒ぎも意外に役立つ。顔脇に手があると意外と怖くて立ちあがれなくなるのだ。
「なんだよ。嫌がることないだろ」
「やなんだよ。ちょっと」
 有無をいずに眼鏡に手をかけてむりやりはぎ取る。なにか接着剤で鼻を固定されているかと思いきやどうやらはめていただけのようで眼鏡と作り鼻が外れた。作りが案外甘い。
「あ、目の色、灰色なんだ」
 眼鏡はちょっとした色付きだったので詳しくわからなかった。意外な目色にちょっと驚く。日本人と思いこんでいた部分があったし、目は黒だろうと考えてなかったのだ。
「ああ、母親の血が濃くて」
 そういいながらあきらめたのか抵抗を止めて身を起こす。退くのが遅れて鼻眼鏡の上に座り込んでいる状態になった。咎められないのでそのままになる。
「その頭は?」
「染めた。濃茶だったけど、鼻眼鏡してなかったときも、目の色目立ったから、あわせちゃおうと思って」
 確かに鼻眼鏡の瞳の色は日本人の中では目立つ。寝ころんでいたときはオレが光を遮っていたせいか灰色にみえたのに起きあがって平行になると蛍光灯の光を反射させてグリーンにもみえた。偏光ぐあいで色が変わるのは人目を引くだろう。
「確かになあ、この色は目立つ気がする」
 覗くのに顔を寄せる。付け鼻ほどじゃないがそれなりに通った鼻筋は確かに日本人とは違う感じもして不思議だ。遠巻きに見たら分からないのだが、近くで見ると印象がずいぶん変わる。
「目立つけどキレイだよ。その色」
 蛍光灯の光を取り込むとグリーンにもブルーにもみえる。ぐっと近づいて光を遮るとグレーになる。玉虫の甲殻のようなきらめきがなんだか見ていたくなる。
「ねえ。近くない?」
「ああ」
 まじまじ眺めてしまったが、離れる気にはならない。なんだか、鼻眼鏡の目がこっちを見てないような気になっておや、と思ったが合点がいった。そういえばいっていた気がする。
「あ、目、悪いのか」
「ちょっとね。近いとみえないから」
 なにか思うところがあったのか鼻眼鏡も近寄ってくる。おもわず体を反らしたが避ける気はなかった。避けるのがなんか悔しかったからだ。どうにもみえないようで首を傾げている。
「オレ視力はいいからなあ」
 両目で揺るぎない一.五を保つオレとはまったく見方が違うのだろう。
「なんというか、ぼんやりみえるね」
「目の色のせい?」
「あー……あるかもしれない。母さんも眼鏡だ」
 グレーの瞳が真正面のオレじゃない、あらぬほうを向く。たぶん、母親の姿でも思い浮かべているのだろうな。どこの人だろうか。少々外人顔なだけの鼻眼鏡だからそんなに分かりやすい国の人じゃないのかもしれない。なんとなく、触れてみたくなって頬を摘む。距離がものすごく近いので抵抗なく触ってやる。すこしひやりとしていた。
「さっきから、なにをひて……」
 語尾はオレがめいっぱい引っ張った頬のせいでしゃべれなかった。深い意味はない。
「なんとなく……」
「あのへ」
 もう一度しゃべろうとしたところを引っ張ってやった。笑いをこらえながらも、自分もなんで、むやみに鼻眼鏡の顔をなでているのかよくわかってなかった。
「いやー……色白いなぁと」
「それと、頬を引っ張るのとなにが関係あるんだか」
 止めて鼻眼鏡の足にのしかかるように座る。居心地が悪かったが、踏まれている鼻眼鏡も痛かったようで、下で足が動いて居心地を落ち着かせた。
「そういえば、そっちはだいじょうぶだったの?」
 母親の話がでて、思いだしたのか鼻眼鏡がぽつりといってそういえば話をしてなかったことに気づく。おおむねのところは話してしまったのだから、決まった結末もしゃべっておいたほうが安心するだろう。
「オレは残るよ」
「そうか。お母さんとは?」
「ああ、ちゃんと謝った。家族としてみられないって、親父のほうが大事だって」
 他人に告げるとなんて冷たいんだろうとふと感じてしまった。友だちあたりは退くかもしれない。薄情な言葉に聞こえる。血が繋がっているのは解っていて、母親として行動してくれた人に対してそんな言葉しかでなかった。どんなに失礼だろうと、それ以上の感情はどこにもない。変えようのない認識が気持ち悪い。鼻眼鏡にもそんな風に聞こえたらどうしようか。
「わかってもらえた?」
「謝られた。どっちかというと、ひどいことをいってるのはオレなんだけど……」
 いっていて本当に自分がひどい奴のように思えてきた。罵倒したのも事実だったし、持っている感情そのものもどこか人と違う気がした。うつむく、落ち込んできた。なんだか嫌な気分になっていると、肩を叩かれる。そういや、乗っかったままだった。どこうと身を引くと逆に寄せられた。
「環境はどうしようもないからさ」
 わかっているが仕方がない。そんなのどうしようもなかった。それでも、親と思えないなんて考えている自分が間違っているようでどこか落ち着かない。背中をゆっくりなでられた。小さな子どもみたいに慰められているのに気づいた。
「間違っているわけじゃないから」
 オレはそのまま、鼻眼鏡の肩に額をおいてしばらく目をつぶっていた。泣きたいわけじゃないはずなのに、まぶたは熱かった。けど、泣くことはせずただ脱力していた。ずっと親のようになでてくる鼻眼鏡の手は優しくて気持ちがよかった。