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苦い味

「とりっくおあとりーと」
「は?」
 出会い頭にそういわれて紫は目をきょとんとさせた。自分が言うのなら解るが、どう見ても東洋顔のそんなこと知ることもない時代に生きてた元人間が、何を言い出すのだというぐらいの驚きだった。だいたい疎そうである。そういった洋風の行事には。
「気でも狂ったのかい?」
「狂ってたまるか。疲れたよ」
 セッティングするにはまだ早いだろう、こたつの卓上には安い包装紙に包まれたお菓子があった。残り少ない。
「近所の子どもたちにだすんだと」
「はー。本物から菓子を貰うだなんて思っても見ないだろうにね」
「そこはいいだろ」
 笑いながら詰まれた菓子から一つ盗ろうとすると、浅生の手が伸びて除けられた。どうやら子どものものであって、こちらに上げるつもりはないらしい。
「とりっくーおあーとりーと」
 幾人かの声がなぜか、縁側から聞こえ、目を向けると数人の子どもたちが仮装姿でたたずんでいた。白い布に魔女になぜか、テレビで見たことのあるキャラクターの格好をしている。
「おじさん、おかしもらいに来たよ」
 どうやら顔見知りらしい。浅生がため息一つゆっくり立ち上がるのを尻目に、紫はその子どもたちにふいっと近づく。残念ながら、可愛らしい子はいない。よくいえば年相応。何も知らない間抜けな顔で、紫を見ている。
「お菓子はやらないから、いたずらしてみたらどうだい?」
 当惑顔で三者三様、互いを見合い、そんなことをいいだした紫の方をチラ見している。笑いながら眺めていると、めいっぱい後ろから叩かれた。
「子ども相手にバカなことを」
「叩くこたないだろ」
 菓子皿を差し出して、戸惑ったままの子どもに促しお菓子をとらせる姿を少々ぶうたれながら眺めつつ、ため息をつく。なにが楽しいのだろう。こちらとしては面白くない行事。収穫なら収穫だけ祝っておればいいのだ。かつては人おも捧げたその行事、この国の人間は知るよしもないか。とため息が出る。
 子どもたちは決められたルールの上でもらえたお菓子に浮かれながらすぐさま去っていった。どうやらここいったいの自治体でやっていることのようで、耳を澄ませば子どもの声がいつもより多い気がする。
「騒ぐのが好きだね」
「子どもだからな」
 お菓子の皿を片手につまらなそうに答える浅生に、立ち上がりがてらしな垂れてやる。ちりちりとした感覚と、甘い桃の香りが鼻つく。油断したら酔いそうなそんな香りを立てる男なんて笑いものであるが、紫にとって、人外にとってはそれがもう甘美で仕方のない熟した実に思える。
「トリックオアトリート」
 耳元で囁くようにわざとつぶやいてやる。喰らいたい衝動のまま耳にかじりつこうとしてナニかを口に放り込まれた。
「それくってろ」
 咀嚼して甘い味に目が白黒した。バターの濃いカボチャのクッキーだった。するりと逃げられた相手はもう、こたつに入ってだらだらしている。いつものように、茶を飲みながら余ったのか、封を開けていないお菓子袋を取り出すと、開封して漁り始める。
「それは喰っていいのかい」
「そこので充分余るようだからな」
 焦りのひとかけらもない浅生にため息が出るが、文句もいえない。ちりちりした痛みが身体に這う感覚はしみじみとする。相反する存在だなつくづく。と感じながら、手を見つめる。肩に触れていた手が少し、焼けている。それもすぐに治っていくから、気にするものではないのだけれど。この世にいてはいけない存在だと言われているかのようだった。
「……なんか持ってこなかったのか」
「そうそうしょっちゅうやるもんなんてないよ」
 そういいながら、こたつに座り込む。封を開けたばかりの菓子はアイシングを施したクッキーだった。口に頬張り、染みるようなジンジャーの味に紫は目をつぶった。