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君と僕の道すがら

「あ、流れ星」
 深夜の道筋、上司である和美が空を見上げて声を出した。その日は終電で下車したのはいいがバスが一切おわってしまったため一時間の長い道のりを俊之はこの上司と歩くことになった。入社して二年は経つその職場のこの上司と親しくなったのはつい最近である。たまたま引っ越した先の近所に彼女が住んでいたのだ。
「流星群じゃないですか、今日ニュースでやってましたよ。深夜になると見れるって」
 遠い目をして駅前の明るさを追いやりながら空を見上げている和美に、今日出勤前にみた朝のニュースでの話題を俊之は伝えた。何となく気になって覚えていたのだ。
「流星群と流れ星とちがうの?」
「さあ、それはさすがに知りません」
「なんだ、残念」
 職場での口利きとはまるで違う口調で、いかにも残念そうに、肩を落とした。普段見せないその態度に、ふっと俊之は和んだ。仕事場では始終、きつめの眉を一層ゆがめて、鈍い社員や時には上司を怒鳴ったり叱ったりしていることが多い。ただ怒りっぽいだけではなく、機転が利き自分の仕事以外もこなすが、忙しさの所為か人付き合いが少なく、周りからは冷たい人といわれがちな人物だった。
「何かお願い事でもしたかったんですか?」
「いいえー、特にないわよ」
「……篠木さんのことですか?」
 聞きなれた同僚の苗字を出されて、和美は驚いて俊之の方を振り向いた。冷静で沈着で何でもできる和美のただひとつの弱点。それは和美と俊之の二人の距離を縮めた人物でもあった。

 俊之が引っ越してばかりの頃、慣れない町中を把握するためと気分転換をかねて歩き回っていた。地図すら見ずに歩き回った所為で道に迷い立ち寄ったマンションの入り口で、彼女と篠木の二人が抱き合っていることを目撃してしまったのだ。篠木というのは和美と同僚であり俊之の上司に当たる人で、きつい和美とは違い軽くて柔らかい人柄で社内でも頼りにされている。そして、元同僚の奥さんを持っている妻帯者でもあった。
 品行方正だとばかり思っていた和美のその姿に俊之は呆然としてしまいうっかり、こちらを向いていた和美に見つかってしまったのだ。
「あんたねー、気軽にその名前出さないで」
「気をつけてますよ。大丈夫ですって、ここら辺住んでるの、僕らだけでしょう」
「そりゃ、そうだけど……」
「僕だって、秘密を聞かれちゃたまりませんからね」
 苦渋の顔は変えぬまま納得するように和美がため息をついた、吐いた息が白く出てすぐにくゆって消えていく。ちょっとした優越感を抱きながら笑って見せて行きましょうか、と言って俊之は和美を促した。
 俊之が、不倫の現場を目撃し、その場で和美に捕まったとき、俊之はしゃべらないように懇願された。もとよりそのつもりはまったくなかった俊之だったが、そうやって焦る和美の普段見ない姿に、観念し、話さないことの約束として、己の持っている秘密を明かした。
 年末が近づいてきて、仕事量がぐっと増えた。人手が足らないためにさまざまな仕事を頼まれ、目が回っているうちに定時などはとうに過ぎてというのが日常茶飯事になっていた。まとめ役である和美はもちろん、もっと上の上司ですら夜遅くまで勤務して帰っていく。振られたばかりの俊之には熱中できることがあるのは気が紛れてうれしかった。
「同性愛者ってなんか、意外……でも、安易に口に出されたくないでしょう。人に聞かれたらどうするの」
「それは、先輩も同じでしょう、不倫だって心象は悪いですよ」
 そういわれて、和美は少し苦笑気味に、そうねとぎこちなく笑った。篠木は結婚して五年は経っているが子供は居らず、そのことで少しばかり夫婦間が良くないらしい。和美との間柄はそのことをきっかけにしているそうだ。
 親しくなった和美は、仕事場のきびきびとした姿とはまったく雰囲気が違う。気さくで話題にこと欠かない多弁で快活な女性だった。普段には想像できない少女のような屈託のない笑顔はあまり女らしさに感化されない俊之でもかわいらしいと思う。
 慣れた道を通り、バスの来ないバス停を過ぎて住宅街の方へと二人は足を進めた。人気のない町中は死んでいるように冷たく無機質で作り物のようだ。駅前の方は個人の経営する商店が多い所為かなおさら暗く、昼間の活気とはまるで違って不気味だった。どちらともなく、他愛のない話題を振っておぼつかなく会話をしだした。そして、互いが人に言えないものを抱えている所為かゆっくりとそういう話題に変換していく。
「そういえば、お二人、あまり会ってないみたいですね」
 遠慮がちにはせず、あえて普通に俊之は和美に語りかけた。職場の忙しさもあるだろうが、それでなくとも気になったので聞いてみる。和美は話題に乗り難いのか口が少し、重かった。
「だって、忙しいもの、それにあの人はちょっと家でも忙しいみたいでね」
「奥さん、どうかなさったんですか?」
「なんか、このところ、具合が悪いらしいんですって……元より身体の弱い方だからね」
 内容と自分の関わりの重さに、和美の顔が暗く沈んでいく。相当会っていないのだろう、気落ちっぷりはかなりなもので、その落ち込み具合に悪かったな、と俊之はそれ以上話題を引きずらなかった。俊之は和美と同じ職場について、あまり月日がたっていない。篠木のことに関しては、社内の話を聞いていれば何となくわかるのだが、以前、職場にいたという篠木の奥さんのことは全く知らない。せいぜい、見た目がずいぶんと可愛らしく、到底和美と並べて比べるといった感じの女性ではないらしい。見目のジャンルが違うのだろう。
「最近はパートナーはいないの?」
 しばらくの沈黙のあと、和美は遠慮がちに俊之に訊いてきた。同性愛者だと言ったものの理解の範疇を超えていたらしく、和美はいままで深くは訊いてこなかった。人気のない暗い夜道はそういう話を訊く絶好の機会ではある。自分のされていた話題から、反らそうという気も少なからずあるのだろう。
「今は居ません。好きな人は居ましたけれど、……普通の人で、振られたんです」
「……そっか」
「キモいって言われましたよ」
 悪し様に振られ、相手が近所だった所為もあって話が周りに広まってしまった。引越しの一因にもなったその出来事に関しては俊之は言わなかった、反芻するのはつらいしそれを和美に吐き出すことで、不快さを彼女にまで伝えてしまうのが嫌だった。だが、自然と眉間に皺が寄ってしまっていたのか、気づくと和美が普段しないような今にも泣きそうな顔になっていた。
「ごめん。無神経だったね」
「あー、大丈夫です。慣れてますから」
「……ひどい言葉に、慣れるもんじゃないわ」
 泣き顔から一気に怒った顔に展開し、夜の小道で一人多彩な感情をおおっぴらにしている和美に少々面白さを感じてしまい、俊之は笑いそうになってしまった。笑い声を上げそうになるのを、口元で抑えて、何とか堪える。
「そうですよね」
「人を選んで好きになる訳じゃないもの」
 自分も俊之のことも踏まえるような言葉を独り言つ。尻すぼみになった言葉にはそれなりの重みを感じ、少なからず俊之も胸を痛めた。どこか許しを請うような響き。
「結構、考えなしのところがあって、相手の気持ちを考えずに行動してしまうところがあるんですよ。自分の所為です」
「えー? それは違うわ、俊之君が悪し様に言われる筋合いはないもの……。ん? でも、おとなしいじゃない、職場内では」
「職場は抑えてるんですよ。友人……あ、同類たちにはよく呆れられてます。懲りないって」
 そうなんだとつぶやき、和美は微笑み一息ついてから空を見上げて息を吐いた。俊之もつられて目を空に向ける、星と半月の月が空を照らしていて流星群はなんとなく流れている程度にしか分からなかった。
「じゃあ、休日は一人ぼっち?」
「最近は本を読んでますよ。熱中できるのでちょうど良いです」
「へぇ、何読むの? 最近読んだ物は?」
「最近は……東野圭吾とか、村上龍とか」
 話題がつらいものから逸れて俊之も饒舌になっていく。道のりはまだ長い、ゆっくり歩いている所為だろうが、暗い夜の住宅街は見えるものが少なく味気ない。朝や昼間だったら人通りもあるだろうし、何より町が生きているように感じただろう。話題が絶えないよう心勤め、俊之は最近読んだ本のタイトルを並べていく。ついでに簡単な感想を付け加えた。
「うわ、何でも読むのね。新聞ぐらいしか読まないわ」
「えっ、僕から見たら新聞を読んでるほうが、えらいと思いますよ」
 電車内が暇だからよとあっさりという屈託のなさが、その新聞読みを習慣にしていることがわかる。俊之などは本は読むが新聞は少しばかり読み物の本とは違う感じがしてどうも敬遠しがちだ。せいぜい一面の見出しとテレビ欄を眺める以上のことはしたことがなかった。
「あ、ごめん」
 歩いているさなかに和美のケイタイが鳴った。手早くバッグから取り出して、サブ画面を確認する。寒さで真一文字にしていた唇がほのかに三日月形に緩み、流れるような動作でそして二つ折りのケイタイを広げて電話に出た。その表情だけで、電話の相手が誰だか分かる。先に進んでしまうのは悪いが、だからといって、会話を聞くわけにも行かず、俊之は少し進んでから歩みを止めた。なんとなく顔も見ない方がいいような気がして夜空を眺める。
 住宅に紛れしまった狭い空にいくつかの星と明るい月の合間を縫って流星が消えていく。流れ星と流星群はどう違ったっけ? 流星群に願い事をしたところで叶うのかなと個人的に考えながら、寒さを凌ごうとコートのポケットに手を突っ込み身を縮めた。しばらくして、パタンというケイタイを閉める音がして、通話が終わったことを察した俊之は彼女の方を向いた。
 様子がおかしい。ケイタイを畳んだまま胸の辺りで握り締め、身動きひとつしなくなっている。表情は暗くて少し離れてしまったのでよく見えない。心配になって駆け寄ると直立不動の彼女が駆け寄った俊之の方をちらりと目だけで見た。
「先輩?」
 控え目に声をかけるとそれがまるでスイッチになったかのように彼女の冷静な顔に涙が流れた。握り締めていたケイタイを持った腕が弛緩してだらりと垂れケイタイが手からこぼれた。間一髪で俊之はケイタイをキャッチすると彼女の様子を窺う。どこも見ていない先ほどまでの楽しげな雰囲気はどこかへ行ってしまっていた。
「どうしたんですか?」
 キャッチした和美のケイタイを弄びながら涙を流し続ける彼女に問う。無表情に涙を流す姿の尋常のなさに俊之は少し焦った。無表情のまま、涙を流す和美は、表情以上に辛そうだった。手先が震えている。形の良い爪が掌に握り込まれていて、手を切るんじゃないかと心配になる。
「別れてくれって……」
 彼女は弛緩したまま、低く抑揚のない声を出した。潤んだ泣き声を堪えながら、おそらく涙も堪えてるつもりなのだ目に力を込めて層つぶやいた。
「え?」
「わ、別れて……って、正樹が……」
 息苦しいのか音を立てて和美が息を吸った。その音に驚いて、焦っていた俊之は身体をこわばらせてしまった。見開いた目からとめどなく涙が流れて冷たい空気にすぐに乾いて筋を作っていく。
「……こんなことになるんじゃないかなって、おもってたんだ、ちょっと思ってたのより早かったけど」
 俊之が眉根を寄せていたのに気づいたのか和美は取り繕うためにいきなり笑った。細めた目から大粒の涙がこぼれて、やっと自分が泣いていた事に気づき一瞬だけはっとする。だが、その涙の名残を指で払ってごめんねありがとうと早口で言うと、ぼんやりしていた俊之の手からケイタイを奪うように受け取った。
「なんかね、子供ができたんだって」
 重々しい言葉で何があったかを告げてくる。その言葉に俊之はどうすることもできずに突っ立っていることしかできなかった。同情染みた言葉しか思いつかない。だがそれは、活発な和美にとって落ち込んでいても掛けられたくない言葉であることは予測がついた。
「大事なんだって、奥さんの方が。大事なんだって、そうね、そうよね。当たり前だわ。」
 彼女は伸びをするように空を見上げた。だがその目は星や月を見てはなかった。どこか遠い所を見るような虚ろな目を泳がせている。
「先輩……」
「もっと前に会えてればよかったのにだって、そんなこというぐらいなら、奥さんと別れてくれても良いのにね」
 男を見る目がないわね。と言ってそのまま和美は黙ったまま歩を進めた。無言のまま俊之はそれを追うことしかできなかった。傍らで何も言わずに澄んだ空気を吸いながら静かにおとなしく冷たいアスファルトを踏みながら、ちらつく電灯の下を通り小さな十字路をまっすぐ進んだ。まったく人気のない小さな町に自分たち二人しか居ないような、そんな気になってしまうほど互いの気配だけしか感じられなかった。
「……篠木さんももったいないですよね」
 なんとなく、俊之は沈黙を破った。何かを言おうとして言ったのではない気が付いたら口に出していた。驚いたように和美が顔を上げる。頬に残る涙の筋が、俊之を焦らせる。内心どきりとして、自分はどうしたのだろうと俊之は不思議に思う。俊之のセリフに何かを察してふっと笑って見せるがその顔は少々こわばっていた。
「なに? 慰めてくれるの?」
「いえ、純粋にそう思っただけですよ。こんな男前な人を振るなんてもったいないですよ」
 和美が思わず吹き出した。逆に俊之はなぜ笑われたのか分からなくて、きょとんとしてしまう。泣いてしまった所為か感情のたがが外れてしまっていたのか、彼女は足を止めてなおも笑う。俊之は自分の言葉のどこが面白いのか解らなくて、ただ、その姿を見てるしかできない。
「……どうせなら女らしさを強調してよ! 何でそこで男前なのー!」
「正直に言ったまでですよ! 、ちょっ、ちょっと笑いすぎですって!」
 深夜の住宅街であることをすっかり忘れたまま彼女は大声で笑い転げた。最初ムッとしてしまった俊之だったが、なんだかつられてしまってほのかに唇が緩んでしまう。少しばかり、たがの外れた大きな声の遠慮なしの声だったが、顔立ちがほのかに緩んでいくのが解ったからだ。安心するのと同時に、どきりとした。
「なんなのよ。私のどこが男前なのよー」
「仕事だって何だってするし、何かあっても冷静でいようと考えてるでしょう?」
「だからって……だいたい、振られたばかりで、弱弱しいじゃないのよ今は」
「そうですね、でも僕は好きな相手にはそういうことにしてるんです」
 俊之の言葉に和美が、えーと異議を唱えながらも考え込んだ。言葉が飲み込めず、俊之の偏った性癖の心理を先に理解しようとして、ゆっくり言葉を噛み締め気づいたのか彼女は変な顔のまま俊之を見た。気恥ずかしくなって、俊之は少し視線を外す。
「え?」
「好きですよ、和美さんのこと」
 和美が笑おうとして、俊之が向けた真剣な眼差しに目を泳がせて笑うのをやめた。正直、俊之も自分にびっくりしていた。一度だって女の人を好感は持てても、それ以上の感情に動かされたことはなかった。たった一つ、頼りきれるはずのない人を選んでしまった弱い部分を持っていることがたまらなく愛しかったのだ。
「だってあんたは……」
「そうですよ。男の人のほうが好きです。昔から、今も変わらず。柔らかい体よりは、硬い体の方が好きです」
「あまり、リアルに言わないで」
 想像してしまったのかうめいて顔をそらす俊之は少し笑って見せた。久しぶりの高揚感が少々恥ずかしい。脈打つ音が耳元で聞こえてる。振られたばかりの人間を口説くようなまねをなぜ自分がしているか、いまいち理解できていない。だが、気持ちだけは嘘ではなかった。
「私は、男前じゃないわよ。振られたばかりで惨めだわ」
 少し抗うように、和美は否定をした小さなつむじ風が吹いて髪が乱れる。もう泣いてはいなかったかどこか悲痛な顔だった。まだ乾ききっていないのか、頬に流れた涙の筋が、明るい星空に照り返されて、悲しく光る。
「男前ですよ」
「男前なら人前で泣かないもの」
「男だって泣きますよ。誰だって泣きますよ。だから泣くのは弱いこととは違います」
 何かを言おうとして、和美が口をつぐんだ。代わりに目をつぶる。地面を見つめ一所懸命なにかを考えているのが分かる。その姿を見て俊之は少し不安に駆られる。何か傷つける様なことを言ってしまっただろうかと。相手のことを考えないのは自分の悪いところだ。だが、嘘ではない、だからもう何か弁解じみたことを言うのはやめた。静かになり、和美は下を向いたまま身動きしない。
「私。男前って言われたの初めてだわ」
「……僕なりの口説き方なんですけど……」
 互いに笑おうとして、二人で顔がこわばってしまった。複雑な顔で和美がぎこちなく微笑むだが硬くなっている顔は笑顔にはなりきらない。俊之もその先どうしたいか考えあぐねていつの間にか止まっていた足で地面を掻いた。砂を摩る耳障りな音が響く。
「振られたばかりですぐ新しい人なんていいのかしら」
 風でほつれた髪をまとめなおし、少し落ち着こうとしたのか彼女は深呼吸をした。強く吸い、音を立ててゆっくりと空気を吐く。その仕草にはどこか、芯の籠もった動作は、彼女の強さを表しているようだった。
「……僕は普通じゃないですからちょっと世間ともちがっていいんじゃないですか?」
 俊之が言葉を重ねるうちに和美の様子はだんだんと冷静さを取り戻していくようだった。ゆっくりと考えて少しずつ、俊之の言葉を飲み込み、理解しようと身体を使って解ろうとしている。自分と違ってこういう感情的な場面でこそ、考えてものを言おうというきちんとした意思を感じた。
「キスやセックスはできませんけど」
「え」
「手をつなぐ程度ならできますよ」
 そういって、俊之は手を差し出した。コートのポケットから差し出したその手は俊之にしては珍しく、手が震えていた。女の人に手を繋ぐという意味合いで差し伸べたのは初めてだった。冷たい北風は温まっていた指先をすぐに冷やしていく。
「高校生みたい」
「最近の高校生はもっと進んでるみたいですよ」
「……どうせ、十年前の高校生しか知らないわよ……」
 顔を眇めて力を抜くように肩をそびやかせると、和美は差し出された俊之の手を躊躇いなく取った。氷のように冷えた手と温まっていた手が重なる。気恥ずかしいので、幾度か握り直す。すると和美も握り替えしてくる。その仕草がなんだか、照れくさい。
「あったかい」
「つめたい」
 同時に反対の言葉を言い合って笑いあうやっとぎこちなさが抜け出た自然の笑みだった。繋いだ手は重ね合わせるような互いに遠慮したつなぎ方だったが幾間もないうちに指と指を絡めてぐっと握り合った。冷たくかじかんだ和美の指を温めるように力を込める。
「恥ずかしいわ、久しぶりすぎて」
「嫌ですか? 僕は嫌いじゃないですけど」
 遠慮がちに和美は言うが手は離さなかった。握りこんだ手に返すように力を込めてくるのが拒否するつもりがないことを教えてくれる。
「そうね……たまには、こういうのもいいかな」
 自答するようにつぶやいてほっとしたように笑顔になった。子供のように繋いだ手を振って歩く。冷たい空気の中で、互いの唯一触れている手のひらだけが温かかった。

「そうね。キスとかしたくなったら、俊之君のおめがねに叶うように、性転換でもしようかな?」
「え?!」
 唐突な言葉に俊之は声を上げてしまった。その顔を見て和美が声を上げて笑う、深夜の冷え冷えとした空気に晒された冷たい道路でその声が流れ星のように余韻を残して消えた。