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お囃子の鳴る夜

 どうして夏は切ないのだろう。華やかなその町並みを眺めながら、誠(まこと)はふと独り言のようにつぶやいた。
「夏が? そうかな、夏って賑やかじゃない?」
 藍色地に朝顔が描かれた浴衣の少女が、楽しげに誠に笑いかける。その笑顔は屈託無く、柔らかい。誠はそんな笑顔にどきりとする。彼女の言葉に応じるように、お囃子とざわめきが誠と少女を覆っていた。町の縁日。町並みは普段とは違う趣で賑やかだ。
「ほら、賑やかじゃない」
 聞こえてくるお囃子は、青年団に所属する親たちがこのためだけに、二ヶ月近く練習したものだ、自分の父親もその一人で、笛の音は父のものだろう。連日、部屋でも練習していた。
 ここが村だった頃から続くこの祭は、宅地開発が進み、町として人が増えた今も続いている。父親などは、面倒だ仕事だってあるのにと、ぶつくさいっていたものの、練習を重ねて上手くなっていくうちに、それは母親の持ち上げもあったのだろうけどーーこういうのもいいなあ。などと意見を変えていた。
 屋台を両脇に据えた商店街はいつもの閑散としている様子が嘘のように、賑やかにひしめき合っている。誠の同級もこの日ばかりは、はしゃいでいいので、幾人かみかけていた。
「うわー。いいな!」
「よそ見してると、迷子になるよ。櫓はもうちょっと先にあるし」
「え、そうなの、あ、じゃあ」
 女子らしく、きゃっきゃと飛び上がりそうな喜び方をしていた少女が、誠の言葉に慌てると誠の手を取り握りしめてきた。握りしめてきてもさした力のない、それでいて柔らかい感覚に誠は驚く。
「こうしたら、いいよね」
「え、あ、うん」
 うれしそうに繋いだ手を掲げられて、誠はそれをふりほどく機を失った。軽くため息をついて諦める。嫌な気分ではないし、まあいいか、と納得してみる。ちょっとだけ、心臓がどきどきしていた。
「毎日、こうやって、賑やかならいいのに」
「そう? 毎日これじゃ、疲れない?」
 人の流れに逆らわないように、ゆったりと歩く。祭の賑やかさに大人も子どももはしゃいでいて、二人の事は誰も気にしていない。一人どこか醒めた状態の誠は、賑やかさに取り残されたような気がしてぼんやりとする。
「あ、あれかな」
 ぼやついていた誠の手を強く引いて、少女が問いかけてきて、どこかそぞろになっていた意識が戻ってきた。商店街に櫓が建っている。空き地の一角には人が屋台筋よりも密集していた。お囃子は出ずっぱりというわけにも行かないので、昼間や途中に音源テープを使って、テレビで流れるような音楽も流しているが、夜は少し雰囲気を変え、祭らしさが増す。
「行ってきたら?」
「一緒に、行かない?」
「僕はここでいいよ。歩いたら、疲れちゃった」
 少女の方は、もっとそばに行きたいらしい。どことなくそわそわした感覚で、誠を伺ってくる。そこはお囃子に合わせてみんなが踊っている。恥ずかしながら、誠も学校でやらされた。クラス全員がやったがそのときは、みんな大して真剣ではなかった。だが、今は自分と同い年のような少年少女も櫓のたもとで騒ぎながらも踊っている。
「行ってらっしゃい」
 逡巡していた、少女に一声かけて笑ってみせると、つられるように少女が破顔した。じゃあ、行ってくるね。と声を上げて櫓に向かって駆けていく。
「バイバイ」
 誠はそう言って手を振ると、大きなため息をついて目をつぶった。とりあえず、今やっているお囃子が終わるまでは居ようと決める。さんざん聞いた笛の音が耳に響いてなぜか泣きそうになる。
「あれ、誠じゃん」
 後ろから声をかけられ振り向くと、同じクラスの鹿野泰之(かのやすゆき)だった。同じ顔の小さな子を連れている。妹がいるっていってたなあと思い出しながら、片手を上げて小さな挨拶をする。
「おまー、行かないって、いってたじゃん」
「うん。ちょっとね」
「麻衣、お前ちょっと、あっちいってろ。遠くへ、行くんじゃないぞ」
 麻衣を半ば強引に押しやるように、促すと、泰之の方は去るわけでもなく誠の傍らに立った。手に持っていた食べかけのかき氷を渡されて、誠は首をかしげたが、食えということなのだろうと、受け取ると、差し込まれたストローを引っ張り出して、崩れかかった氷の固まりを口に含んだ。ひんやりとして冷たいが、甘すぎてめまいがした。
「知ってる? あの中には、死んじゃった人も、混じってるんだよ」
 櫓の方を見つめながら、そう言うと、泰之は一瞬だけ眉を寄せたが、ああと合点のいった声を上げた。
「お盆だしなあ、うちばあちゃんいるからさ、迎え火つってやるんだよ。お迎えするんだってご先祖様とかを」
「うん」
「ってことは、ここら辺にいるんだろ」
「いるよ。さっきもみたもの」
「……おまえさ」
 声音を大きくして、泰之が呆れた声をあげた。からからとしたこの友人は誠のこういった言葉にすぐに呆れる。
「なに?」
「そうやって、いうから、ちょっと避けられるんだよ」
「だって本当のことだ」
 そういったとたん、泰之に背中を叩かれて、思わず転びそうになった。背中が痛くて、さすがに睨むと、泰之は人なつっこい笑顔を向けてきた。
「まあ、いいじゃん、夏なんだしさあ、悪いことする訳じゃないなんだろ?」
「……そうだね」
「あのさ、それより、帰り一緒にかえらね? 腹減っちゃったんだけど、麻衣がいるから買えなくて」
「これは?」
 零れそうになっている氷を指さすと、泰之がさも面倒くさそうに櫓の方をみた。麻衣は踊りの輪には入り込めなかったようで、その周囲をうろついて飛び跳ねている。
「麻衣がほしがるから、買ったんだけど、一口食って、飽きたって」
「ああ、そういうこと」
「麻衣-! 行くぞ」
 泰之が大きな声で呼びかけると、小さな姿がぱっと振り向き、こちらに駆け寄ってきた。興奮したのか、あのね。あのねと自分の兄の方に賢明に話しかけている。
「誠、誰かと来てた?」
「ううん」
「お好み焼き、くいてーな」
「この氷は?」
「適当に食っちゃっていいよ」
 完全に荷物処理だなあとおもいながら、誠は背を向けた方にある櫓を視る。少女の姿はもう見えない。笑顔を思い出すと少しだけ、緊張するが、もう会うことはないだろう。
 見えない物が見える夏。
 だから夏は、切なくてたまらない。