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赤い子供

髪の長い女を殺した。事実の露呈を恐れて、それを庭先の紫陽花の横へ埋めた。

まったく、あの女はろくでもない女だった。
売女のくせにずけずけと家に上がりこみ、女房面して好き勝手に物を漁る。
寝る所がないというから、やさしくしたのにつけ上がり、無断で男を引き入れる。
そのくせ、女を連れて家に帰れば、何なのだと嫉妬する。おまえのことなどたとえ好きでも抱かぬと言ってやったらぐずぐずといつまでも泣いていた。
あんな阿呆な女は初めてだ。言うことすら通じない。勘違いはあたりまえにする。いや言葉が通じてないのだろう。腹が立ったので、頭をかち割ってやった。
すっとはしたが、処理に困った。まったく、死んでも迷惑甚だしい。

毎年、青々とした花を咲かせる紫陽花が今年は少し咲くのが遅い。気になって見てはいるものの
横にある土くれを見るだけでも腹が立つ。しょうがないのでしばらく放っておくことにした。


 うっとおしい雨が億劫な夜。厠にたった折り、雨音と違う音を聞いた。何かを引きずりびりびりと引っ張るような音。土をいじるじゃりじゃりとした音。皆目見当がつかないその音が気になって、障子を開けて覗いてみた。
 赤い花を咲かせた紫陽花の横に小さな陰がぽつりとあった。塀の向こうにある街灯ですら、それに光を当てるには弱すぎるようだ。
目が夜に慣れ、薄暗い中でも何かわかるようになったころ、小さな陰がもぞもぞと動く生き物であることを知った。
野犬でも侵入したのかとよく目を凝らす。ようやく見えた。

 赤ら顔の妙に耳の長い子供だった。子供は髪が長かった黒く豊かで麗しい。一心不乱に何かを口に咥えている。口が動くたびにびりびりといやに生々しい音が響く。凝視するともっと見えた。喰っている。女の髪を。
埋めた憎たらしい女は白い骨を剥き出しにこちらを見ている。腐ったのか抜け落ちたのか目玉のない黒い空洞でじっと見つめている。ばりばりと言う音は女の髪を頭皮ごと引き破っている音なのだ。
 息を呑む。ついでによろついた。がたたと障子を揺らしてしまった。子供が気づいた。
きょろりとみつめるその瞳は血のように赤かった。
埋めた女の髪はもう半分ほどがなくなっていた。割れた傷口がぱっくりと見え、骨がむき出している。
大穴があいている。殴った痕だろう。

子供がカカカ笑った。最後の薄髪の束を頭皮から引き裂いて口に咥える。もごもごとかすれる声を出した。そして、瞬きをする瞬間に消えた。頭蓋丸出しの女の空洞がうつろに私を見つめる。
赤い紫陽花がざぁっとゆれて、しずくを飛ばした。

「ひぃああ」
 いまさらながら声が出た。口から出たとは思えない音だったが。声をだして恐怖が湧き上った。
それから、覚えてない。気が付けば、朝がきていてた。相変わらず、空洞の瞳で女が私を見つめるが、頭蓋が丸見えになっている。毛の一本も残ってはいない。窪んだ頭蓋の穴だけがあっけらかんとしていた。

それ以来、夜が怖い。赤い子供がくるかもしれないと、布団をしいても、中でごろついても眠ることが出来なくなった。
赤い子供が去る前、死体の髪を喰らいながら言ったのだ
「おじちゃん、おいしいかったよ。こんどはおじちゃんがたべたいよ」
と。