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鬼と少年

 朝から生暖かった風が、血の匂いと煙を運んできた。土が燻り白い煙を上げ、黒ずんだ土に紛れて人の一部がバラバラと散っていた。子、女、男、犬やニワトリの家畜の類も多くのものが息絶えていた。
無残な形に変わった村の一角にある傾いた家の中で、唯一生きている少年とすべてを絶えさせた鬼が対峙していた。鬼は少年に鋭い刃の刀を突きつけていた。
 少年の目には古びた帯の切れ端が巻いてあった。咽喉に突き付けられた刀に動じることなく、見えぬ目で刀を突きつけた鬼を見つめていた。
「なに?」
 少年は鬼に聞いた。声は震えていなかった。恐れている様子も無かった。
「お前、死ぬのは怖くないのか?」
 鬼は突き出した刀の鍔を鳴らして己がいったいなにをしているかを誇示した。だが、少年は動かなかった。
「怖くないよ。今だって死んでいるようなものだから」
「何故?」
「目がないから、働けないもの。にいもかあちゃんもいってた役立たずって」
 沈黙が走った。どこかで火の爆ぜる音がした。再びしゃべりだしたのは少年だった。
「にいもかあちゃんも死んだの? 血の匂いがする」
 少年は嫌な顔をせずそういった。よく解っていないのかもしれない。
「僕も殺すの」
「死にたいか?」
 鬼は聞いた。少年の淡々とした様子に毒気を抜かれてしまった。身体をかがめ少年の見えない視線に合わせる。
だた、咽喉の突き付けた刀を収めることはしなかった。見上げていた少年は、空気の動きで察したのか、屈んで同じ顔の高さになった鬼に無い視線を向けた。
「いつ起きても暗闇しか見えないから、死んでも同じでしょう。殺すなら殺して」
 生きる気はないのか、気のない声で少年は答えた。
「外を見たいか?」
 鬼の質問に少年は首をかしげた。答も聞かず、鬼は刀を鞘に収めた。そして、少年の目を被う帯を解いていった。
「なに?」
 少年の目は閉じられたままだった。帯をはずしても、瞼は開けない。ただ、長い睫毛が少し揺れた。
「お前に俺の目をくれてやる。今は片目だけだが、俺が死んだらもう一つもやろう」
「目を?」
「俺は鬼だ。呪い身だ。どうせ永くは無い」
 少年は、おもむろに手を伸ばした。高さをあわせた鬼の顔に少年の華奢で白い手が触れる。腕にはいくつか青黒くなったあざや赤く腫れた傷があった。
「おに……」
「……村とお前の家族を殺したのは俺だよ」
 怯えるかとおもった。だが、少年は怯えなかった。少年は、鬼に触れた手を動かした。鬼の顔をなぞっていった。表情を汲み取ろうと見えない代わりに探っていた。顔のパーツを一つ一つ触った。輪郭を撫で、髪に触れる。
眉をたどり瞼に触れ、鼻筋を触り、唇をなぞり、少年は言った。
「寂しそうだね」
 言葉を聞いて鬼は、とっさに少年の手を取った。もう顔に触れないようにさせた。少年の帯をはずしてもなお硬く閉じている瞼を見ながら、自分の左眼に指をかけ抉り取った。
「……左眼だけでいい、開けろ」
 少年の黒い空っぽの中に自分の左眼を押し込んだ。

 岩の重なる悪路を鬼と少年は歩いていた。歩きなれた鬼は早足で岩を飛び歩く。少し遅れて少年がおぼつかない足取りで鬼の後を追っていた。
「遅い」
 あまりにも遅い少年に、鬼は振り向いた。少年は少し大きめの石に足をとられて転んでいるところであった。ため息をついて、鬼は少年の居るところに戻った。
「まだ、目があるのに慣れないか」
「ん。なんだか、いっぱいいろんな物があって、歩き方を忘れたみたい」
「どうでもいい、遅れないように歩け。目を閉じていた方が歩きやすいならそうしろ」
 少年は「うん」とうなずくとゆっくりと立ち上がった。その少年に、鬼は手を差し出した。
きょとんとした顔の少年に、鬼は目を合わせないままいった。
「つかまれ」
「……うん」
 少年はその手をとって慣れない目を閉じて歩きだした。鬼の手は大きくて温かかった。