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夜寝る時は

 重い。肩が。なんで僕がこんな目に遭わなきゃなんだと後悔しながら、圭介は肩に半分背負っていた小柳龍矢を放り出したい気分に駆られた。それを考えつきながらもここまで来てもったいないという思いと、半端に酔っぱらいを放り出すという行為に不義理を感じてやめた。彼の部屋はもう目の前であるし、ここまで来てしまってはこの考えは遅い。
「つきましたよ! 鍵。鍵」
 初対面に近いがここまで来るのに三人ほどとすれ違っている。あまりにもな醜態に通りすがる彼らの視線は痛かった。早く入ってしまいたいと圭介も焦っていた。
「う……カバン中、外ポケットに」
 酒臭い息を発する龍矢に辟易しながら彼が唯一持っていたカバンの中を圭介は問答無用であさった。色のはげた名前不明のマスコットストラップがついた鍵を見つけてドア口に合わせる。すっと入った鍵先を回すと大きな音でドアは解錠した。
「んー……」
「本気寝、しないでください!」
 家に着いたと気づいたのか龍矢の身体から力が抜け本気で体重をかけてくるのを叱咤して開いたドアに転がるように入った。ドアの段差に足を取られて思わず本気で倒れ込む。
「だっ」
「んが」
 雪崩れ込み玄関に二人で伏してから圭介は顔を上げた。龍矢は苦痛そうな顔はしているものの、それは酔いのせいなのか倒れ込んだせいなのかはさっぱりわからなかった。はみ出した龍矢の足を玄関に無理矢理入れてドアを閉める。疲れて一息ついた。
 こんな目に遭ったのは場違いな飲み会に顔を出してしまったのが不運だった。同僚である女性に『営業との飲み会』に誘われた。たまにはいいのかなと誘いを受けてみてフタを開けたらそれは『合コン』の場で圭介は完全に空気の読めない参加者になっていた。
「もう参加しないぞ……」
 同僚の女性の真意は謎のまま、独り快く参加を喜んでくれた龍矢に関しては多少の感謝はしてはいた。ほぼ同期ながら営業ではだいぶ頭角を現し、課が違う圭介もその噂は聞いているほどの有名人である。だが、酔いつぶれた龍矢を介抱する役がなぜ自分に振られたのか、考えるにちょっとした営業のささやかな逆襲だったのだろう。
 高らかにいびきをかきつつある龍矢に気づいて圭介は立ち上がった。もうここまで来たら最後まで面倒を見てしまえと身体を引きずるようにして部屋奥へと連れて行く。
「うわ」
 部屋の戸口を開けて少々驚く。物がワンルームにひしめき合っていた。大きなソファを部屋端に奥には大きなベッドが置いてある。真ん中に机、上にはありとあらゆる小物がのっけてある。壁にはスーツネクタイがそのままハンガーに吊してありテレビの前にはリモコンが重ねてあった。散らかしてあるわけではないのだが物が多いのだ。キッチンも似たようなものだった。物を避けて龍矢をベッドまで運ぶと上に乗せた。着込んだスーツをしわくちゃにして本当に寝かけてる。
「小柳さん、小柳さん。起きてくださいよ」
 二度三度と肩を叩くともぞもぞと龍矢が動きだす。ただ緩慢なその動作は圭介としては不安を覚える。急性アルコール中毒なんてことになっていると自分では対処しきれない。
「飲み過ぎでしょ……」
「水……」
 呟くような一言に圭介はため息一つついてキッチンに向かった。ごちゃごちゃしている中からコップを見つけ軽く手洗いしてから面倒くさいので水道水で満たすとぼんやりとしてる龍矢の元へ持って行った。
「座ってください。零すでしょ」
「うー……」
 ゆっくりとした動きでベッドに座りぼんやりと受け取ろうとする龍矢に手を添えて補助しゆっくりコップを傾かせる。やはり緩慢な動きでじっくりコップの中の水を飲み干すと落ち着いたのか龍矢は一息ついた。
「まずい」
「水道水ですよ」
「ペットボトルが冷蔵庫にあるから取って」
 起きたなら自分で取りにいけばいいのにと心内で考えながらも転んだりしたらことかと改める。圭介は素直に冷蔵庫の元へいくと開けペットボトルを取り出すとそのまま龍矢に渡す。受け取った龍矢は予想外の機敏な動きで水をがぶ飲みしはじめた。圭介も多少なり飲んでいるのでその姿に触発されてほんの少し喉が乾きに気づく。
「飲む?」
「飲みます」
 気づいた龍矢の差し出しに素直に受け取り水を煽る。喉が冷えて気持ちがよかった。頭の中もほんの少しすっきりした気になる。
「はー……連れてきてくれたんだ」
「あ、はい」
 状況が飲み込めてきたのか、髪を掻きながら龍矢が部屋に目を巡らしていた。目はうつろだが言葉はしっかりとしてきている。酔いが醒めたというよりは水で意識がすっきりしたのだろう。
「終電って時間じゃねえな……」
 腕時計を眺めながら外しにかかっている龍矢が呟く。圭介は時間を室内にあった掛け時計の時刻を見て、どうしようかと心中彷徨った。終電などはとうに出払っている時刻だ。酔っぱらいを抱えて乗ったタクシーはお金を払って帰らせてしまったし、住宅街のまっただ中だった。実のところ自分の家とは間逆の方向で完全に帰れない。
「いいや、そこのソファで寝て」
「すいません。甘えさせていただきます」
 飲みかけのペットボトルを龍矢に返し龍矢は再びそれを煽ってからフタをするとテーブルの上にどんと置いた。とりあえず、玄関に置きっぱなしだった荷物を今に持ってくる。龍矢はそのまま再び横になっていて慌てた。
「スーツ脱いだ方がいいですよ」
「えーめんどい」
「皺! 営業でしょ、せめて脱いでくださいって」
 ごろつく龍矢に思わず声をかける。無視にかかった龍矢のシャツを引っ張ると鬱陶しげながらももぞもぞと脱ぎだした。器用に横になったままシャツとズボンを脱いでいく。
「わり、壁に掛けてくれない? 空いてるハンガーあるでしょ」
 いわれるまま渡されたスーツの上着を壁に掛かっていたハンガーに掛け、自分もついでにスーツを脱ぐとシャツだけになった。ズボンは仕方がないので帰ったらプレスすることにして穿いておく。ただひたすらもぞついていた龍矢が声を上げた。
「あ、ソファの袂に袋ない?」
 いわれるまま探ると確かにあった。タクシーで通りすがる途中で見た衣料店の袋だなとぼんやり感じる。一度着たのか、くったりと型を崩したシャツとタグのつきっぱなしの下着が入っていた。
「着るんですか?」
「俺はいいや、お前にやる。すさまじく似合わなかったんだよな……」
 取り出してみてなんとなくわかった。あでやかな黄色と赤のコントラストは目にきつい。プリントもなんだかスライムみたいな粘着系の生物が飛び散ってる絵で意味がわからなかった。はっきりいってどういう経緯で買ったかわからない。
「あー、んじゃ着ちゃいます」
「ズボンも脱いだら」
「うーん」
 悩みながらも改めてみた龍矢は裸もいいところだった。下着一枚で布団の奥に消えていこうとしている。圭介は考えるのをやめて脱いだ。もらったシャツはデザインはさることながら対して龍矢と体格差はない圭介にすら余る物だった。なんで買ったんだ。と問うのは面倒くさい。ズボンを脱いで皺は最低限。と畳んでいるそばから薄い毛布が一枚飛んでくる。かけろということだろう。ソファに乗せると寝入りだしてる龍矢を目端に電気を消しにかかる。
「消しますよ」
「消すなー……」
 ぼんやりとした声が聞こえて手を止める。龍矢が一枚布団を抱え込むようにしてこちらを睨んでいた。圭介は訝しむものの眠りかけながらも頑なに訴えてくる目があった。
「え、明るいじゃないですか。電気代、かかるし」
「やだ」
 子ども丸出しの否定に目が点になる。営業で頭角を現した有名人である。大きな契約も飛び込みで契約を獲たりだの逸話はことかかない。龍矢は唖然とした圭介の様子など素知らぬままにむくれていた。
「いつも、つけて寝てんだよ」
「いや、いや、消しましょうよ……」
 首を左右に振って断られ、圭介はどうしていいのやら途方に暮れた。とりあえず、ソファに戻ってもらった毛布をかぶる。電気は全開である。煌々とした明かりは間の悪いことに圭介の頭上近くに照り輝いており、薄い毛布では遮られるものではなかった。
 十分ほど経っても圭介は寝ることもままならず、大きく寝心地だけは抜群のソファでごろごろと居ずまいをただしていた。それもまた飽き起き上がる。とうの龍矢は寝息を立てつつあった。様子をうかがいながら、立ち上がるふっと感じた尿意についでにトイレに立った。
 戻ってきても寝息を立てている龍矢に圭介は思案まじりにそっとリビングの電気を消す。ぱちんという音とともに電気が消え圭介はなんとなくほっとした。ずっと明るいといつまで経っても夜の気分にならないのだ。気づかれないかと感じつつ、目が慣れた頃合いにソファに戻ろうとして身じろぎの音を聞いた。
「くらいぃ」
 あきらめて電気をつけた。
「あの……寝られないんですけど」
「……んなこといったって寝られないんだよ俺も」
 寝ぼけ眼の龍矢がだいぶしっかりした声で受け答えをする。圭介の方は逆に疲れ切ってしまった。酒も入った身体はだいぶ重くなってきているが目が冴えてしまってきつかった。だるさも余って長めのため息をつくとさすがの龍矢も気づいたらしかった。
「アイマスクとかないんですか」
「明るくして寝られるんだもん。いらないし」
 子供じみた言い方なのは完全には醒めてるわけではないらしい。布団に絡みながらごろごろしている。そんな姿を見ながら圭介はうつぶせに寝ればいいかななどと思案する。最悪廊下かなと考えていると布擦れの音がして龍矢が起き上がっていた。起き上がりついで同じようにトイレに立っていった。
「起きてようかなあ」
「そうはいうけど、大変だろう。お前だって飲んでたじゃん」
 戻ってきた龍矢がペットボトルを冷蔵庫に戻してベッドに腰掛ける。そうなら電気は消してほしいのだがそこは龍矢の中には選択肢そのものがないようだった。
「まあ、帰って寝れば、お休みですし」
 金曜日である、もう日付が変わっているのだが家に帰ってむさぼればいいが龍矢はなんだか考え込んでいた。
「ほんっとだめでさ」
「はい?」
「電気、消すとマジで寝られない……」
「眩しくないですか。逆なんですよね。自分は、暗くないと眠れません」
 手持ち無沙汰なのかテーブルに置いた腕時計を手にとってもそもそと弄りながら龍矢が空を眺めている。なんとなくその手元を見ながら圭介は寒くないのかななどと変なことを考えていた。ちなみに圭介は寒いので毛布を身体に巻いていく。
「怖いじゃん。夜」
「は?」
 ふてくされるように呟かれて危うく圭介は聞き逃すところだった。龍矢はそれに気づいたのか顔を向けて真剣に見据えてくる。
「怖いじゃん、誰もいないんだぞ見えないし、ひとりぼっちだし」
 言いつのられて詰め寄られたわけでもないのに圭介はのけぞりそうになった。大の大人がひとりぼっち。独り暮らししてるじゃないかという言葉は飲み込んだ。つい最近まで実家住まいで窮屈だった圭介にしてみればうらやましいことこの上ない。
「視界が遮られた方がほっとしますよ」
 圭介は暗がりが好きだった。夜は結局全く暗いわけではないし、暗がりから覗く外の明かりが逆に神経を落ち着かせると感じていた。何より男三兄弟で過ごしてきて、唯一静かなのはその時間帯だった。温和しい圭介が唯一安心できる大事な時間だ。
「兄弟がうるさかったから、静かな夜は安心するんですけどね」
「俺は一人っ子なんだよ。小さいころから両親、忙しくて、早くから独りで寝かせられてたんだよ」
「ああ、そうなると怖いかな」
 騒がしいを通り越して暴れて寝られない、意図は関係なく眠りを邪魔されるという幼少を過ごした圭介からしてみればそれはうらやましいのだが、ずっと一人っ子という中であると怖いのかもしれない。
「ああ、一緒に寝ればいいのか」
「は? なにをいってんですか」
 思いついたような声に問答無用でツッコミを入れてしまう。龍矢の胡乱げな目に慌てて小さく謝ったが思いつきの提案には反対をしたかった。
「男同士ですよ勘弁してくださいよ!」
「人と一緒なら寝れるんだよ。電気を消しても」
「う……」
 さっき電気を消さなければよかったと圭介は後悔した。少しだけ自らの慣れた状況にしてしまったのがまずいかった。暗闇を渇望する自分がいる。安心した環境が得られるのかとどこか納得してしまっていた。
「いや……さすがに」
「んじゃ、つけて寝る」
「あーもう! 寝間着は着てください。肌とかはちょっと勘弁」
「むう……なんだよ。明るくったっていいじゃないか」
 ぶつくさと呟きながら龍矢が一度廊下へ出るとごそごそさせて戻って来た。入ってきた傍からなんかを放り投げきた。受け取ると茶色のスウェットズボンだった。なんでこうも色合いがおかしいのだろうと感じながら無難なグレーのスウェット上下に着替えてる龍矢を胡乱に眺めた。
「なんだよ。穿いとけよ」
「穿きますけど。なんか、いろいろ違うなー」
「は?」
 噂でしか龍矢を知らなかったのでそれはほぼ誇張も含んだ評価もあるだろうが、ここまで頑なに電気を消さないと寝られないなどと主張され、拒まれるとは思ってもみなかった。圭介は渋々と茶色のズボンを穿く。寒いとは感じてはいなかったものの、足が生地に包まれるのは心地がいい。
「噂、すごいやり手で、まだ浅いのにすごいとか。そういう噂を聞いていたんですけど、箱を開けたら、悪趣味の寂しがりやでしょ」
「仕事上と家のことなんかイコールじゃないだろ」
 ふてくされるように着替えを済ました龍矢が布団に潜り込む。添い寝の構図を想像して圭介は今更ながら逡巡した。鳥肌が立ってしまうが、突っ立ってるわけにもいかないので、電気を消して目が慣れないうちにするりとベッドに寝転んだ。
 人肌の温かみを感じて慣れない感覚に顔を歪ませた。丸まった布団を引き寄せるとくるまる。じわじわと自分の体温に浸食されていくような感覚にほっとする。見慣れない部屋を暗がりで観察する。物の多い部屋は濃淡が細かく出ている。だんだんと抜けてくる力とふんわりと覆われるような眠気を感じてまどろむ。
「なっ」
 まどろんでそのまま寝ようと決心し意識を落とそうとしたと同時に背中に大きな固まりが寄ってきた。身体の上に手を乗せられて何事かと焦ったがそれ以上のことはなかった。
「小柳さん?」
 声をかけると聞こえているのか乗せられた腕が小さく反応した。だがそれだけで声をかけてくる様子はない。困惑しながらも避ける隙間すらなく先の展開も見えぬまま圭介は焦った。さして温かくない龍矢の手がもやもやと彷徨って腹のシャツを掴む。
「あ、そういうことか」
 なんとなく合点がいく。一緒に寝れば暗くてもいいというのはこういうことか。ぬいぐるみのように誰か居ることを認知してくれることなのだ。龍矢は暗いことが怖いのではなく、独りで居ることが怖いのだろう。人肌の心地よさは圭介もわかる。圭介にとって暗がりは独りになれる場所だが龍矢にとっては孤独を強調するのだろう。
「……ん」
 掴まれるまま引き寄せられる。なにか呟いたような声が聞こえたが、なにをいったかはわからない。会社では怖い物知らずのように活気が溢れている割に夜は独りが怖くて電気をつけて寝るとは人はわからない。眠気に任せてまぶたを閉じる。いいやとあきらめるともう一方の腕が首の隙間をぬって出て抱かれる。落ち着きはしなかったが眠りには妨げにはならなそうだった。

 目が覚める。仰向けにほぼ大の字に寝ている自分に気づいて圭介はめいっぱい明るいカーテン越しに驚いた。周りを見回し見慣れない部屋を眺める。
「お、起きた。朝飯、つくってんだけど。パンとご飯、どっちがいい?」
「……パン」
 龍矢はスウェットから軽い服装に替わっていた。エプロンこそは着用していないが台所に立つ姿は妙に馴染んでいる。唐突ながらも普通に会話をしてくる龍矢に勢いのあまり普通に会話してしまう。
「明るいと寝られないなんていいながら、起きないのな」
「……寝入った後は別でしょ」
 見なくてもわかるようなぼさぼさの頭を掻きながら、大あくびを一つして圭介はほっとする。九時を回っているがまだ朝らしさは感じるのでほっとした。着替える間もなくテーブルに目玉焼きとレタストマトを添えた料理が出てくる。
「パンはもう少し経ったら焼けると思う」
「……マメですね」
「会社の俺像はなんなんだ」
「女性がいうのなんて半分くらい想像でしょうね」
 差し出されたフォークを素直に受け取り。トマトをほおばる。似たようなもう一枚の皿を龍矢が中座で近くに置くとタイミングを合わせたかのように台所の方でチンという軽い音がした。カゴ皿にこんがり焼けたトーストが人数の倍ほど乗っていた。
「土曜でよかったな。ゆっくりできたし」
「着替えと風呂もありますし、もう帰りますけど」
 脂気のある感じがする自分の身に少々不快感を帯びながらカゴからトーストを一枚取る。
「小柳さん」
「え?」
「あれ、たまに口説きに使ってるでしょ」
「……よくわかったね」
「抱きつかれればねえ」
 トーストを口にしたまま龍矢の動きが止まる。数分の沈黙を経てからざっくりと噛みしめた。寝ぼけも入っていたのだろう。あの行動はとはい女性であれをされたら一緒に寝ている以上、いろいろ許してしまいそうな気はした。
「……内緒な」
「そのつもりです。いいたかないですよ」
 その事実を知っている時点でされたのが丸わかりなのでその言葉に冷たく返す。まあ弱みのようなものを握ったかなあと考えながらも食べるのに集中した。