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凸凹-喧嘩の後-

「なあ、本気で行くのか?」
 青々とした空のもと、日曜である所為か、街中は普段着の人たちで混んでいた。その中のカップルの一人である亮太は、小さな背を更に縮めて、情け容赦ない自分の彼女の肩口を覗きこんだ。
「本気よ。大体あんた、電車にその格好で乗ったじゃない」
 亮太より頭ひとつ分高いところから、亜里沙は亮太に声を掛け、行き急ぐ混雑の中を巧みな足取りで進んでいた。声には少し怒気が孕んでいるようにも思える。ついこの間まで長かった髪をばっさりと切り、シャツにジーパン、スニーカーという味も素っ気もない格好だった。正直、亜里沙は男に見える。
 亮太の方は、着慣れない服と靴の所為で足取りがうまく取れずに、歩みは遅くなっていた。軽くブルーのため息を付いて亮太はあきらめる。まとわり付くスカートの裾をはたく様にして、横に流して、亜里沙の後を追う、恥ずかしいいまさら脱ぐわけにも行かない。怒っている亜里沙にたてつけば下着一枚で交差点に放置されかねない。
 こんなことになった原因は、3日前。いまさら理由も思い出せないような些細な喧嘩で、亮太は彼女に言ってはいけない台詞を吐いてしまったのだった。亜里沙の身長は175以上ある、詳しい数値は、かたくなに言わないが、大柄とも言える男子と肩を並べられるぐらいだからかなり大きい方である。部活のバスケでは、大いに役立つタッパだが、彼女はそれをコンプレックスにしていた。亮太はそのコンプレックスを知っていながら、言い合いの最中罵ってしまったのだ。
 今なら至極、反省できる。亮太だって、男にしては小柄で似たようなコンプレックスを持っている。それなのに、何で言ってしまったのか。悩めども、自分から謝ることに行動が出ず、ぼんやりしたまま日をすごし、二日たった夜に亜里沙から電話があったのだった。
「仲直りする気があるなら、明日、遊園地に行きましょうよ」
 相手の申し出に亮太はかなり喜び申し出を受け入れた。だが、亜里沙の提案には続きがあったのだ。
「その代わり、あんたは女装しなさいよ」
 え? と言うまもなく電話は切れ、亮太はぼんやりとしたまま、意味を捜索した。
意味を捜索したところで、深いものがあるわけでもなんでもなかった。そのままだった。用意された洋服に否応を叫ぶ暇もなく着替えさせられ、今に至るわけである。
 亮太は亜里沙の横にちんまりと着ているよう服の恥ずかしさと、今だ謝罪の言葉の出ない立場の自分に情けなさを感じつつも並んであるいた。
「ねー。もっとさ、女っぽい服装の方がよかったかな?」
 軽やかに顔を向けてくる亜里沙は亮太の風貌を上から下まで目を向けて、勝手に思案しているようだった。
ふんわりとした、スカートにキャミソールを2枚、更に上に5分丈のカーディガンを着込んでる。靴もかわいらしいエナメルの靴で、ヒールが入っているために亮太には履き心地が悪かった。
「いやもう、なにもいわん……」
 亜里沙の質問に、答えるすべもなく亮太はうめいた。ちらっと通りを見つめて行きかう人を見てみるが、悲しいかな、奇異な目をして来るものは誰もいない。亮太は女に見られているようだった。
「もっとレースとか付いた乙女っぽい服とかでもよかったけど、いまどきいないし」
 亮太は空恐ろしいことを考えられて戦々恐々とした。今の姿ですら恥ずかしいのに、これ以上女らしいものなどは着られない。
「あのさ……この格好させて、どうしろと?」
 約束された電話の後から延々と考えていたことを亮太は告げた。亜里沙の方は道脇に軒を連ねるショップのショーウィンドウを覗きこみながら、あれこれ考えているようだったが、亮太の言葉に振り向きもせず答えた。
「遊園地で遊ぶのよ。もー、電話でそういったじゃない」
 亮太は二の句がつげず、はあ、と声だかため息だか分からないものをついた。
「あ、そうだ。遊園地までは譲歩するけど、きちんと女言葉しゃべんなさいよね。格好とギャップありすぎ」
 亮太は声が出なくなった。

 某巨大遊園地でもない、一介の遊園地であるがゆえに人は多いが、並ぶのが常識というほどでもなかった。
「きゃー! あそぼう!」
 喜び勇んでるのは、亜里沙だけで、どんよりと雷雲に勝る暗さで亮太は引きずられていくしかなかった。
とはいえ、楽しむ亜里沙に、感化され亮太もだんだんと楽しめた。ただ、男言葉がでると、容赦ない鉄拳が、亮太の頭に炸裂してはいたが。
 最初はジェットコースター、次に空中ブランコで、お化け屋敷にも入った。女装も気にしなければ気にならなくなるもので、まとわり付くスカートにさえ気をつけていれば、大丈夫だった。奇異な目で見る人は遊園地に入ってもいなかったのだ。せめて似合ってよかったと亮太は複雑な気持ちで安心する。
「次は何乗る?」
 お化け屋敷から、出てきた亜里沙は楽しげに遊園地のマップを眺めてる。マップを一緒になって覗こうと駆け寄ろうとして、亮太は足に痛みを感じた。
「って!」
「どうしたの?」
 亜里沙は、亮太の近くに寄ると何も言わないのに足元に屈んだ。靴下を脱ぐように亮太に指示して、足を見せるように促す。亮太の足は、かかとの部分が擦り切れて傷になっていた。履き慣れない靴でたくさんあるいた所為だった。
「両方痛い?」
 小さく屈んだ亜里沙は、片足立ちになっている亮太に顔を向けた。日ごろあまり見ない亜里沙の見上げる顔に少々どきりとしながら、亮太は自分の足に意識を向ける。
「うーん。一番ひどいのはこっちだけど……。右足もちょっと痛い」
 顔をきょろきょろさせ、亜里沙はまわりを見た。亮太もつられて見回すものの、何を探しているのか察せなくて、よく分からなかった。
「亮太。靴どっちも脱ぎなよ」
 何故、と問う暇もなく、亜里沙に急かされ、亮太は靴を脱いだ。脱いだ靴の上に足を乗せる。亜里沙は屈んだままだ。
「靴下も脱いで」
 はきはきと告げる亜里沙の勢いに亮太はただ、従うだけで精一杯だった。両足のかかとは、擦れて赤くなっている。見た目こそひどくはないが、どうも肌から感じる痛みはひどかった。傷口を見て悪態を付きながら顔を上げると、亜里沙の背があった。立ち上がってない。
「……なんだよ?」
「背負ってやるから、おぶさりなさいよ」
 一瞬良太は、聞き違いだと思った。瞬きを数回して、もう一度亜里沙を見る。そこには変わらず背を向けた亜里沙がいた。
「は?」
「はやくしなさいよ! しゃがんでるのつらいんだから!」
 怒鳴るようにこちらを向いて、亜里沙が急かす。
「だっ、だっって、俺……」
「ベンチまでだから我慢しなさいよ。もっかい靴はいて、歩きたい?」
 ちらっと目だけで自分の足を亮太は見た。赤くなっているかかとは、気づいたとたんに痛みが増して、今はじんじんと肌が脈打っている感じがした。正直なところ、靴をはいて歩く勇気はない。ただ、亜里沙に背負ってもらう勇気もなかった。
「あー! 早くしてよ!」
 迷っていた亮太に業を煮やしたのか、亜里沙はがばっと抑揚を付けずに立ち上がった。突然立ち上がった亜里沙に驚き亮太はよろめく。そのまま後ろに倒れるかと目をつぶった亮太は妙な浮遊感で、おやとおもった。目を開ければ、亜里沙の顔が目の前にある。
「っわわわっ!」
「お、重いんだから……暴れないで!」
 耳元で叫ばれて亮太はやむなく黙った。一度かがむようにして、亜里沙は亮太の靴と靴下を手に取ると、そのまま動き出す。
「ちょちょっと。勘弁してくれよ!」
「絶対聴かない。怪我した 女 の 子 をやさしく扱うのは男役としては当然でしょ」
 まだ続いていたのかという、思いもあったが、確かに足は痛く、はだしで歩けるような人ごみではなかった。
「わ、悪い……」
 とりあえず、亮太は恥ずかしい気持ちを押し殺して、亜里沙に抱かれる形をとる。現状自分は何もできないのだ。
「うー……亮太はやっぱり男だね。重いよ」
 亜里沙は、遊園地の地図を出すように亮太に言うと、近くにあるベンチを探させた。人ごみは午後になりかけている所為か、だんだんと多くなっている。亮太は、恥ずかしさを紛らわせるのと、見られているのを認識したくなくて亜里沙を見てみた。短く切った髪は、太陽の光を浴びてちょっと赤茶けていてる。小柄といっても男である亮太は、見た目より重い。なおかつ、女である亜里沙は背が高いといっても人を持ち上げるなんてことは日頃やるものでもないだろう。少しばかり汗ばんでる。いつも見上げている亮太だが、このアングルはあまり見たことないなとぼんやり考えていた。
 幸いベンチは、近くにあったらしい。ぼんやりと亜里沙を見ているうちに、たどり着いた。メリーゴーランドに隣接された白いベンチに亮太を下ろすと、亜里沙は早速遊園地のマップを広げて、周りを見回しながら確認していた。亮太のほうは、はだしの足をぶらぶらさせながら、亜里沙を見ているしかない。
「売店にいってくるよ。絆創膏売ってるか見てくる。ここにいてね」
 顔上げ、亮太を見るなりそういって、亜里沙は人ごみにまぎれて行ってしまった。運んでもらったお礼すら言えず、ぼんやりと亜里沙が走っていった方向を見つめ、軽くため息をつく。ベンチに胡坐をかいて座ろうともおもったが、自分がスカートをはいていることに気がついて、するのはやめた。
「……手際がいいよな」
 てきぱきとした亜里沙の行動を振り返りながら、亮太はそう思った。じっとしていられず、足だけをばたつかせて、暇をもてあます。

 亮太が亜里沙を知ったのは、1年前である。他校を交えて行う球技大会で、亮太はたまたま女子バスケを観戦していたのだ。選手の中で際立って背の高い亜里沙に注目がいくのは当然で、巧みな足と技術にバスケを詳しく知らない亮太も関心して見ていたくらいだった。だが、一方で、こうも思った。
「あれだけ背がでかければな」
 現に対抗相手の女子たちは、ベンチの中でぶつくさと、抜きん出て背の大きな亜里沙をずるいと評していたのだ。試合は圧勝のうちに終わり、亮太と亜里沙の高校が勝ち進んだ。
 その試合の終わった後、亮太はもう一度試合の行われた体育館に行く羽目になった。体育館に専用のシューズに履き替えたとき脱いだ上履きを忘れていったのだった。誰もいないはずの体育館で、亮太は亜里沙が一人きりで練習しているのを見のだ。ボールをゴールにいれる。それだけを幾度も繰り返していた。
亮太は黙って出て行くのに気が引けて、話しかけたのだ。
「なあ、試合終わったばかりなのに練習してるのか?」
「背がでかいだけっていわれたくない」
 亮太のほうに振り向くことなくバウンドしたボールを受け取り、投げやりにゴールに投げつけた。まっすぐな目は険しく、ゴールをにらんでいる。思わず、声をかけた。
「でっ! でも、かっこよかったよ。すごく!」
力いっぱい、力説するようにただ、慌てて声を出した所為で変な声を出してしまったが。振り向いた亜里沙は、力いっぱい笑って、ありがとう。といったのだった。

 思い出しながら亮太は地面を見つめてしまった。あの「背がでかいだけって言われたくない」と言うセリフを言ったときの亜里沙の表情、ゴールを睨むあの目、硬い表情は好きで大きくなったんじゃない。と言いたくてたまらない。のを堪えてるように見えていた。それなのに、その表情を汲み取ったはずの自分はあの顔を踏みにじるような言葉を言ってしまったのだ。
「……謝ろう。帰ってきたら謝るぞ……」
 下を向いたまま亮太は自分に言い聞かせるために、ぼそぼそと決意を口に出した。と横に人が座る気配がしたので、そちらのほうを向く。若い男性だ。20代ぐらいじゃなかろうか。遊園地にくるには妙に軽装で、どうやら一人らしかった。亮太と目が合うと笑みを浮かべる。にんまりと笑う顔はすこし、馴れ馴れしい感じがして、亮太は少々苦手意識を感じた。少しばかり距離を開けるように移動して、離れたのを悟られまいと、亮太は愛想笑いのつもりで、軽く会釈し、すぐに下を向く。女装させた亜里沙当人がいないのに人が近寄ってくるとは思わなかった。バレやしないかとハラハラしながら、懇願するように亜里沙が早く戻ってくるように祈った。
「ねえ。キミひとり?」
「え!? あっ! はいっ?」
 突然話しかけられて、亮太は変に動揺し、声を上げてしまった。裏返った声を出してしまったのは幸いして、男のほうは、亮太が男だとは思わなかったらしかった。
「と、友達をまってるんです」
 慌てて訂正し、なるべく女言葉をしゃべろうと努力する。男のほうは、亮太をじろじろと上から下まで値踏みするような目で見つめ、粘着そうないやな笑みを浮かべ、近づいてきた。
「へー、だいぶ待ってるの?」
 何で近づいてくるんだよ! そんなことを心中で叫びながらも、無碍にはできず、亮太は対応するしかなく、バレないようにするのに集中しすぎて、男の様子が馴れ馴れしいのに気を配れなかった。
「も、もうすぐ、来ると思うんですけど……」
 女の子らしくを意識しつつ、言葉を選んで亮太はしゃべった。男はそうかー。と言いながら、亮太から体をそらしたので、亮太は少々安心し、ほっとため息をついた。軽い会話をして、男はそのまま座ったまま黙ってしまい。亮太はほっとした。あとは亜里沙が戻ってくれば、どうにかしてもらおう。そんなことを考える。
 だが、それから10分たっても亜里沙が戻ってくる気配はなかった。しかも、男のほうもぜんぜんベンチから立ち上がる様子がない。ざわめく遊園地の中で、盗み見るように亮太は男を見て、何のつもりでここにいるのか思案した。横柄な態度でどっかりとベンチに座る男は、一人きりできているようだ、手に何か飲み物を持っているわけでもなく、タバコをすうような気配もない。ちらちらと周りを見回しては時折亮太を見て、まるで何か探っているみたいだった。普通の時だってこうもちらちら横目で見られたら気分がいいわけない。今は亮太にとってそれは苦痛だった。女装が、バレたんだろうか?
バレて何か言われるのがいやだった。この場を去りたいが、それでは亜里沙が困ってしまう。靴擦れのできた足で歩くのもいやである。どうしよう。亮太はだんだん余裕がなくなって混乱してきたとき、ひときわ男が近寄ってきた。
「ねえ。なかなかお友達来ないみたいだからさ、俺と一緒に遊ばない?」
「え?」
 少々、予想と違うセリフに亮太は返答に困った。親しくもない人間と遊べるわけないだろう。といいたかったが、それをどういえば女らしく言えるんだろう、と躊躇してしまったのが失敗だった。
 男は突然亮太の手を握ってきたのだ。それはひどく気持ちの悪い触り方だった。まとわりつくような触り方で、肌にふれ、指を絡めてくる。
「わ!! ちょっと、なに!?」
 慌てて抵抗するが、頭の中に最優先で羅列されたものは、女装が周囲にバレるのを避けたいと言う思いだった。慌てて手を離さそうとするものの、男は妙に粘着にさわりぎゅっと握ってくる。
「お互いひとりじゃつまんないよね。ね。なんだったら外に行ってもいいし、ね。ね。」
「ちょっ、ちょっと……」
 しつこく言い寄る男は、亮太に迫る勢いで、近づいてくる。亮太はもう泣きたくてたまらなくなってしまった。裸足で座ってたため逃げるのも困難である。人ごみは多いが、誰も助けてくれるような気配などまったくなかった。もう、なにがなんだか、わからなくなってしまったとき。ぬっと自分の前に影ができた。
「おいっ!」
 妙にくぐもった低い声。というか、低く声を出そうとして失敗気味の妙な声だった。男のほうが、そちらを見て、きょとんとする。亜里沙が、仁王立ちで男を睨んでいた。肩で息をしているのは走ったのだろう。手にはコンビニの袋を持っているが、下げているというよりは握っている。中に入っているものをつぶすような力の込めようだ。短く切った髪、素っ気のないシャツとズボン。そして175以上ある背丈。
「人の彼女になにしてんだよ!」
 がっと叫ぶように亜里沙が男に怒鳴り散らすと、男のほうは謝ることすらせずに、そそくさとどこかへ消えてしまった。その男をぼんやり眺めて、亮太は帰ってきた亜里沙を見る。
「なにあれっ!! 気持ちわるっ。大丈夫?」
 亜里沙のほうも睨むように男が逃げて行ったほうを見つめている。亜里沙の顔をみたら、亮太はほっとしてしまった。体の力がぐったり抜ける。
「こ、怖かった……」
 本当に安堵して、亮太は深呼吸をした。亜里沙もため息をついて亮太の前にしゃがみ込んだ。
「あれ、ナンパのつもりで寄ってきたんだよ」
 そんなことをいいながら、亮太の足を覗き込み、握っていた袋から、絆創膏の箱を取り出して開封した。相当強く握ったのか、絆創膏の箱は潰れていた。よく見れば手が震えている。
「ごめん、亜里沙怖かったよな……」
「いやいや、彼女を守るのは彼氏の使命よ。遅くなってごめんね。ここの売店、絆創膏売ってなくてさ。係員の人に言って、出してもらってコンビニまで行って来たんだ」
 ぺたぺたと手際よく、亮太の足に絆創膏を貼って、靴下まで履かせる。彼氏と彼女が逆転してるなぁと思いながらも亮太は、軽く深呼吸してから、謝った。
「ごめん」
「さっき言ってもらったよ」
 近くのごみ箱にコンビニの袋を捨てていた亜里沙はきょとんとして、亮太を見た。
「いや、そうじゃなくてさ、この間の喧嘩のとき、……その身長のこと、悪く言ったから……それを謝りたくて」
 緊張して、尻つぼみ気味になってしまった亮太の言葉にますます亜里沙はきょとんとして、ああ。と思い出したような声を出した。
「さっきのやつ、撃退できたのは身長のおかげかもしれないね。でっかいだけでも役に立つじゃん」
 よくわからないことを大きな声でいって、亜里沙は亮太の前に屈むとわざわざ靴を履かせた。絆創膏のおかげで、靴擦れは、そう痛くない。亮太が立ち上がろうとして前かがみになったとき亜里沙はこそっとつぶやいた。
「……今は嫌いじゃないよ? 身長高いの。亮太が私を見上げてくれるのは好き」
「は?」
 意地悪そうに亜里沙はにんまりと笑うと、拍車をかけるようにいう。
「たまにはいいかも。私が彼氏で、亮太は彼女ね。ふっふっふ」
 くるりと背を向け、歩き出す亜里沙を慌てて追いかけて、亮太は抗議する。
「今のだって! この格好してなければ何も起こらなかったんだぞ!」
 うっと詰まるように、亜里沙は亮太から目をそらし、あさっての方向を向いた。確かに、亮太が女装をしなければ、靴擦れを起こすこともなかったし、変な男に絡まれることもなかったのだろう。
「結果よければすべてよし! ね。仲直り」
「う……仲直りはするが……」
 あっけらかんと、言いだしっぺの亜里沙は締めくくり、手を差し出した。亮太はため息ひとつついてから、その手をとって、横に並ぶ。
「んじゃ、遊園地出て、次回の洋服見てまわってから帰ろうか」
「……お願いだから家に帰してください」
 踏んではいけない第一歩を踏んでしまった気分で、亮太は切に亜里沙に願った。楽しそうな亜里沙を見ると、ほっとしてそれでもいいかとおもってしまう自分が少しばかり、情けないような気もした。