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玩具***煙

 狭い和室に声が響いた。空気の漏れるかすかな音と、畳と布の擦れる摩擦音だ。大きな影が、小さな影を抱えるように二人の影が重なっている。畳敷きの小さな部屋には、その二人しか存在しない。
「……はぁ」
 堪えることが出来なくて漏れた声は熱を帯び、儚く聞こえた。無骨ながら細い指が白い穢れない肌を滑らかに撫でていく。
触れるたび、肌は桜色にほのかに染まり、熱を含んだ熱い吐息が部屋に充満していった。
「……ん」
 裾から覗けて立てられていた細い足が、指先の感触に耐えられなくなり畳の床を擦った。静かな中に少しばかり耳障りな音がする。
「そんな音を立ててしまうと気づかれてしまうよ」
 諭すような厳しさを含んだ冷たい声が耳のすぐ裏から囁かれ、足を愛撫していた手がぴたりと止まった。緩やかに熱を帯びていた感触は、冷たい声で霧散し、薄れていく。
「あ……」
 身体を細く揺らし、足の持ち主は怯えたように顔を歪めた。身体を崩したまま身動ぎもせずに固まった。声も出さずただ、込み上げる熱っぽい荒い吐息が部屋に響く。
「……やです」
 やがて、細い声を漏らしたのは少年だった。その言葉は否定の声で、愛撫の主を潤んだ瞳で見つめた。
子犬のようなすがる瞳で、少年はもっと愛撫を望んだ。
少年と青年の間を生きている大人でも子供でもない存在。その無属性なモノを愛撫するのは、精悍な青年だった。
「ならば静かにすることだ」
 そういって青年は少年の耳を軽く噛んだ。その噛まれた痛みと同時に身体を駆けた官能に少年は翻弄され、甘く酔った。
身体を震わせ、感じた官能に逃げるように少年は身体を起こそうとした。だが、それは座って少年を抱えるようにしている青年に止められた。前よりも力を入れて青年は少年を抱くと、剥き出しになった肩に唇を押し付けた。擦るように、抉るように、舌で乱暴に愛撫し、少年を震わせる。
「あっ……っう」
 考えて抑えるよりも早く声が出てしまい。少年はその後で悔しそうな顔をした。青年は顔をしかめてから少年に言う。
「しょうがない子だね」
 少年を後ろに自分の方へ押し倒すと乱暴に顎を上げさせ、左手の指を少年の赤い口の中へねじ入れた。
「う……ふぁ……」
 最初苦しげに声をあげたものの、口の中で緩やかに舌を撫でるその指に少年は酔った。青年の右手は少年の露わになったふとももの付け根へと忍び寄った。興奮と愛撫で揺らぐものを指先で愛撫され、少年は身体をびくりと揺らした。口から漏れるのは、くぐもった声と指が邪魔してのみきれなかった唾液だ。
「ぅう……ん」
 口の端からたれた唾液を青年は当然のごとく舐め取って、指を抜き取った唇に今度は己の舌を挿し入れた。右手の愛撫は緩慢にだがしっかりと続けられ、それにあわせる様に舌は少年の舌を愛撫する。
双方の愛撫で少年は震えた。絶えられなくて声が漏れる。
「はっ……あっ……」
 青年は垂れそうになった唾液を吸ってから唇を離した。荒くなった息は音を立てている。
青年の右手の愛撫は止まない。水気のあるいやらしい音が部屋に響く。塞ぎを取られた唇から、先よりも大きな声が上がった。
「あっ……んうっ」
 今度は青年は何も言わなかった。その代わりに徐々に右手の愛撫を激しくする。首筋を濡れた唇で撫で上げた。少年は青年の愛撫に合わせて、身体を動かし始めた。愛撫にあわせるように、呼吸が荒くなっていく。
「いやらしいね」
 青年は無感動な抑揚の声で興奮した少年に言った。愛撫に熱中し、腰を揺する少年の耳には届かなかった。青年は言葉を体で表すように、達しかけた少年から手を離した。力が抜け、支えも失った少年は畳の上に転がった。まだ息が荒い、着乱れた寝巻きの裾から、足が覗け、先刻まで愛撫されていたものがぬめりを帯びたまま覗く。少年はちらりと熱っぽい瞳で青年を見た。青年は少年を放ったまま壁に背を預け、胸ポケットからタバコを取り出し、一息に吸った。その目は畳に転がった少年を冷たく見つめていた。
 その目を見つめながら少年は青年の手からはなれた己を握った。触れた感触と身体を走る官能に細く震えてから、やがて自分で静かに愛撫しだした。消えかかっていた感触が、ふつふつとよみがえり、少年はおぼれた。
「う……ぁは……」
 一人きりの荒れる息づかいとぬめりを帯びた水音が部屋へ響いた。先から洩れる滴りは畳をぬらす。青年はそれを咎めもしなかった。少年と青年の間にタバコの煙がくゆる。それを追うように少年は身体を伸ばした。右手の愛撫を続け、身体を仰向けにし、空いた左手で、自分の寝巻きの帯を抜いた。しゅるっと蛇の這うような音がした。
「ン……」
 仰向けにし、足を広げまるで青年を誘うように彼は自分の姿を見せつけた。それでも青年はゆったりとタバコを吸うだけだった。少年は口惜しそうに青年に一目置いてから、己に没頭した。自分のする愛撫でもう達しそうだった。愛撫が激しくなる。激しい呼吸に声が混じる。
「ふぅ……くぅ……あっあぁあ……っつ!!」
 突然、少年は右手をつかまれ、愛撫を止められた。すんでで止められて、頭がくらくらしたのか少年は顔をしかめた。青年が覆い被さっていた。右手を畳に押し付けられ、少年は竦んだ。右の手首のきしむ音がする。
「終わらせたいか」
 痛みと達せれない不燃焼な気持ちで、少年の瞳には涙が浮かんでいた。青年はそれを見止めると悔しげにだが、一欠片の愛しげな感情を顔に出した。うなずきも返事もせず、少年は彼を見つめ返した。青年はそのまま右手を押さえつけたまま彼は自分を服から取り出し、少年に押し付けた。
「あっ! ひっぃ……」
 狭い少年に青年は自分を突き刺した。女のように濡れはしないその中はそれでも熱い。痛みに少年は浮かんでいた涙をこぼした。左手で青年の腕の裾を握り締める。青年は抱き寄せたりせず無造作に動いた。
「あっん……ああっ!!」
 ただの痛みに少年は喘ぎ叫んだ。それでも青年は動くのをやめない。少年自身も衰えはしなかった。
きつく乾いた少年の中で、青年は精を発した。注ぎ込むように奥へ押し込む。少年は驚いてのけぞった。
「あっ、ああっ」
 声を上げ、少年の中から青年の精があふれた。少年はまだ達してないが、戦慄いたままの少年を少しばかり見つめてかから青年は静かに身支度を正すと何もない部屋から立ち去った。置いていかれたように少年はなすがままだったが静かになった部屋の中から、やがて、うめくような泣き声がタバコの煙のようにくゆり、沈黙に掻き消えていった。
 
 夕飯の支度途中、大根をまな板に置いたところで、戸の開く音が聞こえた。美朱は包丁をまな板に置いて、割烹着を脱ぎながら、戸の方へ向かっていく。開けた主は先の青年だった。けれどそれは美朱の夫でもあった。
「お帰りなさい。あなた。栄治君の様子はどうでした?」
 青年は胸ポケットのタバコを取り出し、口に加えながら、台所の近くの居間へ入り、ちゃぶ台の近くに座り込んだ。マッチを擦り、リンの燃える香りを漂わせながら一息する。
「元気だったよ」
 それをきいて、美朱はほっとしたように顔を綻ばせた。台所へ戻り、片手に灰皿を持って戻ってくる。
それをちゃぶ台に置くついでに美朱は夫のすぐそばへ腰を下ろした。
「良かったわ……前の家で一人きりで住むなんていって心配したけれど、元気ならそれで良いわ」
 そういいつつ、美朱の顔は少し翳っている。美朱自身は栄治と夫と三人で暮らしたいと心から思っているのだが。それを栄治は断ったのだった。彼女は知らない。その一人きりで住むといった栄治の言葉は傍らでタバコを吸っている夫が言わせた言葉なのだ。
「血の繋がらない私たちに、世話を掛けたくないのかもしれないね」
 タバコを、置かれた灰皿へ押し付けながら青年は平然と何事もなかったように言ってのけた。
「そんな……本当の両親と思ってかまわないのに……」
「平気さ、そのうちそう思ってくれる」
 本当にショックを受けて美朱は顔をうなだれた。目の端に小さな涙の粒を浮かべて、丸めた割烹着をぎゅっと掴んだ。青年はそれを見て美朱の顔に口をつけた。舌先で涙を舐め取る。そのまま美朱を抱き寄せ、帯を緩めだした。
「あ、まだ……お夕飯の準備が……あっ」
 少々驚いたように美朱が夫を眺めた。青年は帯を緩める手を止めずに、はだけた襦袢に手を入れて、温かくやわらかい乳房を優しく掴んだ。
「あとでいい……」
「そんな……あっ」
 じいじいと初夏のセミが突然鳴き出し、美朱の声は夏に掻き消えた。