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勉強も見て、君も見て、それで幸せ

 正樹が傍らで、ノートを見ている。それを書いたのは、盗み見るようにして机に向かっている史郎だった。
「だいぶ、よくなってるね」
「まじ? よかったぁ」
「でも、もうちょっと整理できると思うなあ」
「うーん。やっぱ、授業を聞きながら、書き取るの難しいよ」
「もっと良いのは、家に帰って、改めてノートを書くことかな?」
「うぇ……ソレはヤダ」
 机に突っ伏して史郎はぶうたれる。正樹が様子に苦笑しながら、ノートを返してきた。史郎は机に置き、正樹と勉強するときにつけている方のノートを遠巻きに眺めた。
「で、こっちはできた?」
「うん」
 正樹が授業のノートを確認している間に、提示された問題はすでに解いていた。ここ最近、数学は楽しい。正樹はのぞき込むようにして、ノートに書かれた回答を見ている。それを、史郎はぼんやりと眺めた。
 いかにもインテリといったメガネの青年である。顔は良い方だと、史郎は思っている。正樹そのものは、そうは思っていないようで、言うと苦笑される。
 史郎は、正樹の様子を眺めるだけでなんだか安心する。勉強はテスト前の厳しさをのぞけば、優しく、丁寧で、わかりやすい。そんな先生である正樹のことを史郎は好きだ。親しみというものも含み、それ以上の意味もある。こればかりは二人以外、誰も知らない秘密である。じゃれた勢いでの身体の触れいはあったものの、外へ出歩くデートなどはしたことがない。家庭教師とその生徒という仲を保っていた。そうはいっても一応、好きであると二人で告げあってはいるのだが。
「お。あってるね」
「やったー」
「じゃあ、休憩かな」
 このところの二人の授業は、一時間を二回に分けている。一科目三〇分。難関ほどではないものの、受験をとおして、希望の高校へ進学を決め、この一月は褒美として勉強を短くしてもらっている。……ただし、それも、今日で終わり。来週から二時間、みっちりが待ち受けている。
 勉強机から離れて、テーブルに移動する史郎に、ついて正樹もそれに習うのは、だいぶ長く勉強を見てもらっている慣れからだ。
「なんか、最近、休憩のおやつ凝ってるよね」
「ああ、なんか作るのに凝ってるんだよね。母さん」
 終わる五分前に母親が持ってきた、見た目だけは豪勢なケーキを頬張る。クリームのたっぷり乗った、雑誌に載っていそうな、見た目ケーキだ。
「んでも、すごいじゃない」
「味がさ、こう、見た目以上じゃないんだよね……」
 一口つまんで、思うところがあるのか、正樹は黙って食していた。目がそれてる。史郎の言った感想そのままの感想を持ったのだろう。特に弁解はなかった。母の七不思議のひとつである。ケーキ以外も見た目に対して、味が無難で妙に気をそがれる腕前なのだった。
「先生さー」
「ん?」
「隣にいってもい?」
 ケーキを先に食べ終わり、なんだか持てあました史郎は口に出す。対して正樹の反応は、驚いたのかほんの少し身じろぎする程度だった。基本的に、史郎が言わないと、正樹からスキンシップをしてくることはない。年の差を考えている、とは一時いわれたことはある。彼は大学生。自分は高校に上がったばかり。いろいろある。
 返事を聞く前に、史郎は正樹の隣へ移動する。距離をとることはないが、なんとなしに緊張されているのがわかる。
「先生」
「っっ!」
 呼びかけながら、指先で耳に触れた。不意に触れたのもあって、正樹が本気で驚いて、身を引いた。顔が赤い。年上のはずなのに、こういう時ばかりは、萎縮でもするのか、積極性も欠け、受け身でいる。年の差を気にするのは仕方がないが、それはそれ、気持ちはそう行かない。近くで触れて、体温を感じるほど寄りかかりたい気持ちがあるのに、退かれてばかりなのは好かれていないような気がして、寂しい。
「なんにもしないよ」
「……なにを」
「んと、困ることはしない。ちょっと触りたい」
 あまり困らすのもと、ちょっと距離の置いたことを言ってみる。我ながら、意地が悪いと思うがこれぐらいしか引けないのだった。正樹がなにかいいたげな顔を一瞬だけして、一呼吸おくとお茶を飲んだ。特に断りはされない。史郎は無言を了承ととった。いじめる様に、耳に触れる。耳朶をなぞり、耳たぶをつまんだりしてみた。正樹は居住まいが悪そうにしている。
「……史郎くん」
「あ、イヤだった?」
 図に乗ったかな、と思わず耳から手を離す。が、その手を捕まれて史郎はすこし驚いた。そのまま抱き留められてなんとなく、緊張する。早鐘のように鼓動が聞こえる。意外に胸板が硬い。
「どうかした?」
「いや、先生って、触れてこないよね」
「……あ、そうかな?」
「全然」
「……いや、えと、こうやって、勉強を教えてあげられるだけでも、うれしいんだ」
「そうなの?」
「うん。この頃、ペン回ししなくなったな。とかね。気づくことはいっぱいあるよ」
「え、そんな……あー……してるかも」
 史郎は思考で躓いたり、つまらなかったりしたときによくやる癖を言われてはっとする。それをしなくなった事に気づくのも、見ていることだからわかることだ。週一しかない。ささやかな時間の間にそれを知る。勉強をみるのと同じぐらい見てると言うことなのだろう。
「先生っておもってるより、俺のこと見てる?」
「気づかない?」
「全然!」
「いいことかもね。ちゃんと集中してるってことだよ」
「えー! なんか、ずるい!」
 顔を上げると間近で正樹が困った顔をしていた。ずるいし、恥ずかしいと、史郎はもやっとする。なんだか楽しそうであるのもまた、納得がいかない。
 むくれていると、頭を急に撫でられた。短い髪がなでつけられて、癖がつくことなく戻って額に当たる。なんとなく、目をつむった。当たるわけがないのだが、目にかかりそうだった。
「キス……していい……かな」
 恥ずかしいのか正樹が一言をずいぶん長く貯めながらつぶやいて、なんだろう。この先生。と思ってしまった。さっき目をつぶったのだ、したいのであれば、そうすればいい。したことのない仲でもないのに。わざわざ了承をとるなんて、年上なのにかわいらしい。
「いいよ」
 唇が唇に触れる。何でか震えている。史郎はそんな状況を考えながら、俺がリードした方が良いのかな。
などと考えていた。