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愛しさを知った

 洗い立ての髪がぼさぼさしていて半乾きになっている。いつも脂っ気の多くてペタペタすると悩んでいる割に気を遣わない。気を遣えば多少は改善するものなのに、幾度言っても手を出さない。変なところで頑固なのだ。
 寝間着に使っているスウェットも、襟首はよれて色もとれてる。寝るときだけ着るんだからといいはるものの、彼がコンビニに行くとき、そのままの姿で出て行っているのを知っている。
「春さん」
「んー」
 春さんはパソコンの前を凝視したままこちらを向かない。湯から上がったあとはだいたいそう。それと、帰宅が早いとき、帰ってきてもだ。結果、家ではほとんど動かない。動くのは食事の時と、お風呂の時と、寝る時ぐらいなのだ。
「飽きないの?」
「何で飽きるんだよ。これ今週のだし」
「あっ、春さん。それ、僕も見るっていったじゃないですか! 独りで見ないでくださいよ!」
「えーっ、二人で見るには狭いんだよ……」
 詰め寄ると、いかにも迷惑そうに眉を歪めて、それでも場所を半身だけ譲ってくる。遠慮無く隣を陣取り、勝手にマウスをいじると頭から再生する。オープニングが流れて、さわやかそうなアニメーションが動くのをみつめた。
「狭い」
 小さなテーブルの一辺を、二人で身を寄せ合っているのだから、しょうがない。もう一台のノートパソコンはあるにはあるが、自分のノートにはチューナーもついておらず、春が持っているノートよりも小さなものだ。何にもできない。
「……あのさ、あとで見れば?」
 どうにも、落ち着かないようで、春さんが身じろぎしつつ距離を置こうとする。人とあまり距離を詰めるのが苦手なのは知っているけれど、一応、恋人といっていいつながりもあるはずなのに、離れれようとするのか、僕には分からない。
「いやです」
「なんで?」
「独りじゃ面白くないですか」
「俺とだって、面白いか?」
「何でそう思うんです?」
「……俺、しゃべらないから」
 一応自覚はあるらしい、家に居ても黙って何かを見つめているか、何かしている。仕事だったり、趣味の工作だったりそれは様々だけれど、口を開いてすることはあまりしないのが春さんだった。
「……まあそうですね。無口ですよね、春さん」
「だからさ」
「いいんです」
 きっぱり言うと、春さんは黙る。言っても聞かないって彼も思うのだろう。これは譲れないからいいのだ。何をしても独りでは嫌なのだ。何かをどこかを触れていたい。同じ物を見たい。でなければ、自分が希薄になるような気持ちになる。
 彼が何も言わなくなって、ただ、淡々と流れるアニメを眺める。日常系というやつで、たわいもない女子高生たちの単純な生活のアニメ、その中で、キャラクターたちが楽しげに日々を暮らす。女子高生と関わりがないので、これが果たして現実に沿ってるのかはわからないけれど、そんな単純さが、見ている自分にはありがたい。
「……家、帰らなくていいのか?」
 それは半分ぐらいアニメが過ぎてからだった。探るような目、時折するその目は家に居た大型犬を思い出す。何かしてほしいけど、どこ遠慮しているそんな顔。
「いいです。あそこより、居心地がいい」
 申し訳ないけれど、帰る気はない。そのつもりであらかたの荷物は彼の家であるここに持ち込んだ。彼もそれは分かってる。分かってはいるけれど、心配なのだろうとも思う。家出という事実、だけれどそれをしても仕方がないとも言える家の環境も春さんは知っている。
「そう言うけどさ……、大学行ってる?」
「行ってますよ。学費は払うつもり見たいですし、……春さんがいけって言うから」
 家を出るとき、父親に言ったのは、学費は払わなくていいという言葉だったけれど、それはしなかったようで除籍になる様子は無い。個人的にはほっとしていた。春さんはいつも言う、やれることがあるんだからやっとけ。環境が許す限り、甘えとけ。春さんの中ではそうすることで、僕をどこかあの家とつなげておきたいのかもしれない。それは、嫌だけれども、彼の彼なりの考えの一つなのだ。きっと彼は僕があの家族と、わかり合える日が来ると思ってる。それは自分にはとうてい想像のできないことなのだけれど。
「ならいい。行くだけ行っておくのがいい。いけなかった俺が言うんだから堪能しとけ」
「わかってます。それに」
「ん?」
「春さん、いつも、家にいないし」
「そりゃ、一応、仕事してるから……」
「独りはいやですから」
 不思議そうな顔をする春さんがいる。分からないのかもしれない。
「春さん」
「な、んだよ」
 微妙な空気を感じ取って、春さんが後じさる。勘がいいなあと感心してしまう。一歩踏み込むように動くが、それ以上彼は動かなかった。そのまま唇を重ねる。小さな抵抗感だけで二、三ついばむと抵抗は弱くなった。
「見てるんだけど……」
「どっち? 僕?」
「……っ」
 ちらりとパソコンを見たのが分かる。そぞろだなとマウスを操作して、ムービーを止めると春さんが何か言いたげに口を開けた。声が出てない。言葉を待ってみる。徐々に顔が真っ赤になっていく春さんを見ていると、口元が自然とゆるんでしまう。あんまり笑うと怒り出すので何とか堪えた。
「……し、しないぞ」
「なんで」
「し、仕事あるし」
 春さんの目が泳ぐ。こちらを見てこないのはこういう雰囲気になったときの常だった。ただし、強く断らない感じからしてそこまで嫌なのではないようで、ほっとする。
「じゃあ、口でしていい?」
「お、俺はやらないぞ」
「いいですよ。僕が、春さんに触りたいだけだから」
「っ……」
 俯いているが真っ赤なのが分かる。愛おしくて、表情を見たくて思わず詰め寄った。距離が詰まると春さんは怖がるような仕草をするが表情は縋るような顔だから図らずも興奮した。
「……ん」
 唇に触れる。今度はついばむだけではなくて、舌をさし入れて舐め上げる。唐突で驚いたのか春さんのからだが揺れた。後に逃げられないように彼の腰を抱く。
「あっ……ふ、あぅ」
「……っん」
 熱くて柔らかい感覚を楽しみながら、溢れてくる唾液をためらいなく舐める。震えた手でシャツの腕を掴んでくる春さんはどこかか弱そうな感じにさせる。たどたどしいながら、緩く舌を押し返してくる。絡め、吸い上げると吸い上げる音が耳に響く。
「春さんかわいいですよね」
「……んっ、かわいくないっ」
 力いっぱい声を上げるが、そんな声も籠もった熱のせいで照れにしか聞こえない。その上、怯える子どものように、縋ってシャツを握ってくるそれはどこか子どもくさかった。そんな具合の春さんを見ていると、止まらなくなる。裾を引くようにスウェットのズボンをつまむと驚いたように見つめてきた。
「あっ、もう?」
「あんまり、してると止まらなくなっちゃいそうで……したら怒るでしょ?」
「……怒る」
 いつもは食い下がれば許してくれるが、今日はそういかないようだった。平日でもあるし仕方がない。つまんだ春さんのよれたスウェットのズボンを下ろす。そんな様子をうかがいながらも、どこか不安げな彼に微笑みかけると、顔ごと目線をそらされた。ズボンも下着も脱がせると、少しだけ大きくなっているそれに手を触れると身体をこわばらせた。
 覗き込むように様子をうかがうと、恥ずかしそうにこちらを見つめ返してくる。そんな仕草すら、自分の中で欲求に変わって危うい。
「いいですか?」
「は、はやくしろ」
 居たたまれないらしく、ぞんざいに言い放つと震える手で自分のスウェットの裾を咥えた。彼のいつもの仕草だった。声をあげるのが恥ずかしいらしく、そうやって声を堪えるのだ。こちら側としては、この癖があんまり好きじゃない。声が聞きたいが、こればっかりは従ってくれた試しがなかった。裸の時ですら、何かしら咥えてるのだ。手やシーツ。たまに僕の肩。結構痛い。
 今日はいいか、とそこを追求せず、自分は身をかがめて熱の籠もりきっていないそこを舐めた。
「っふ……」
 息をのむ音がする。すぐそばにある足が震えて緊張しているのが分かる。まだ半勃ち程度のそれを、手で支えながら形をなぞるように舐めつける。ゆっくりと舌で形を確かめながら、反り勃つそれをねぶると、鈴口に滲む先走りを口に含んで嚥下した。
「くぅ……ん」
 刺激されたのか春さんが大きく動く。応じるように、徐々に力を込めるように苦しくない程度に力を込めていく。支えていた手でもしごくように動かすと、徐々にそれは硬さを増していく。
「んんっ……」
 実のところ、強く動けば感じ入って、咥えたスウェットを口から落としてくれないだろうかと期待もしている。けれど、どうも春さんは力がこもってしまうタイプらしい。自分のもくろみが成功した試しはない。他にも彼の声を聞くすべはある。酔ってるときだ。けれど、それだと春さん覚えてない。それは悔しい。喘いだ声を僕が聞いて、それを知ってほしい。そうなったら春さん本人は消え去りそうなぐらい赤くなって昏倒しそうだけれど。
「はっん、ぁ……きもち、いいですか?」
 大きく首を縦に動かし、余裕のない表情で頷く。可愛いくてそのまま固めて閉じ込めてしまいたい気分になる。自分のしたいように動いて、思う存分に動いて泣かしてみたい。酷く加虐心を煽られる。
「可愛すぎますよ……」
 音を立てて吸い上げて、おそらく痛いだろうというほど手に力を込めて擦り上げる。本当に痛かったのか、苦しげに呻いて春さんの足が床を蹴る。溢れた蜜を舌で擦りつけて、音を立てて奥まで咥える。
「んぅ……ぐぅ!!」
 呻いた声に応じるように、荒く動いた手を緩め、春さんが力を抜いたところで、鈴口をきつく吸う。緩急に追いやられているのか、彼のものが、細かくひくついている。春さんの手が肩に触れ、押すように抵抗してくる。イキそうな時の合図だった。
「ぁは……い、いいです。出して……」
 返答も聞かず啜り上げた。背中を思い切り叩かれたけれど譲らない。追い縋って根元まで咥える。啜り上げ、濡れた手で擦り上げた。
「ぐうっ……んっ、んああっ!!」
 足が床を滑る。春さんの口から咥えていたスウェットが口から外れて、熱の籠もった声が上がる。同時に自分の咥えていたものが口の中で跳ねた。ねっとりとした熱が溢れる。最後の抵抗の拳が、肩を外れて頭に当たった。

「くそ……くそー」
 顔を真っ赤にしたまま、春さんが毒づいているのをよそに、自分はティッシュで口を拭った。気持ちいいとは言えない口の中を拭いながらもどこか満足感に満たされている。春さんはどうも立てないのか床を蹴っていた。
「何で怒ってるんです」
「く、口に出すとか、いいっていうの!!」
 顔が真っ赤だ。そのくせ僕が差し出したティッシュボックスから、素直に数枚抜き取るとさっさと後始末をしはじめる。気持ちが悪いのか、荒く拭き取ったりどうにも忙しない。
「……嫌じゃないですし」
「俺が嫌なの!」
「汚れないから、いいんじゃないですか」
「そうじゃないだろー!」
 投げつけるように使って丸めたティッシュを放られた。うまく受け止め、ゴミ箱に放り込む。何を憤慨してるか分からない。見つめていると春さんの勢いがしぼんで口ごもっていった。
「じゃ、なんでです?」
「は、ずかしい。だろ……がっ!」
 言い捨てに近い形で声を上げると、そのまま四つん這いで廊下へ這っていく。下着も穿かずに這うので、こちらからはいろいろ丸見えなのだけれど、そこはもう気にしないらしい。本当にに立てないらしい。
「……シャワー浴びたいなら連れて行きますよ?」
「一人で行ける!」
 春さんはそう言って浴室に消えていった。