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命をかけて愛してる!

「あのさ、守ってくれるのはありがたいが。それなりに自分の身は充分すぎるほど自分で守れるんだけど」
 傍らでおそらくしゃがんでいるのだろう。仁寿がずいぶんと顔を近づけていた。そして自分は地べたに仰向けになっているのだと気づいた。遠くからうめき声なのかなんなのか人の気配がする。似たような状況の誰かがいる。地べたに横たわった自分には顔はおろか姿も見えなかった。
 背中が冷たい。確か夕方ごろまで雨が降っていたと記憶する。今は雨はやんでいた。だが、仁寿の後ろにある空は夜空の紺に紛れて淡い濃淡を雲が描いていた。またひと雨あるのかもしれない。
「聞いてるか」
 声に応えなかったためか、仁寿が確認してくる。身動きで示そうと思ったが、そちらの方がつらくて動けず。自分は結局笑みを浮かべた。上手く笑えたらしく、仁寿が苦笑いをしてくる。
「いやあ、仁寿が無事ならいいんだ」
 率直なはずの意見なのだが、仁寿は長く伸びた髪を気だるそうにかき上げただけだった。ため息も聞こえた気がするがそれは聞かなかったことにした。
「あのさあ」
「いや、オレのことは気にすんな。オレは仁寿のことを愛してるだけだから!」
 少々こもった照れを勢いだけで言葉にすると、仁寿の方はただ眉間にしわを寄せて今度ははっきりと聞こえないフリすらできない大きなため息をついた。今度は自分が苦笑いをする番だ。
「いや、ほんとだって」
「そこ? そうじゃなくて、別におまえに助けてくれと言っていない」
「なんて、無碍なこと言ってくれる。愛してる男が困ってたら助けるのは当たり前だろう」
「あのなあ……オレを見てなんだと思う?」
 言葉にため息がじわりとしみる。そんな仁寿を眺めてみる。黒いんだろう夜に紛れるスーツにシャツは開襟。ボタンが二つも外れていて薄いがきっちりと筋肉のついた胸元が見える。自分はここを二分以上見つめてはいけないことになっている。理由は、気持ち悪いかららしい。見てるだけなのだからいいじゃないか。と言っても聞いてくれず、密かに見つめていると目ざとく感づいて手が飛んでくる。見たのは久々だった。首にごつい不吉なシンボルのシルバーネックレスが下がってる。正直、趣味は悪いと思うが言わない。彼の好むものなら、たとえラフレシアでもオレは好んでみせる。そんな自負は心の奥に持っている。今のところ利用したことはない。まだ仁寿がラフレシアが好きだとか、告白してもらったことがないからだ。まあ、上下、黒のスーツに開襟シャツ、ごついシルバーのネックレスに金髪なんだか茶髪なんだかどっちつかずの髪の色。不良を飛び越えた姿がある。
「あれでしょ。趣味の悪いホスト」
「腹をグーで殴るぞ」
「あ、それはさすがの仁寿でもやめて。出ちゃうから」
「変な言い方するな」
「うー……あれ、仁寿はチンピラだっけ、やくざだっけ」
 もう、当たり前なため息が聞こえた。確か、後者のはずである。十五で家を飛び出して、ホストにヒモ、なんでもござれで生きてきたとか、自分が出会った頃にはすでにこの地域に存在する大きなお家の居候になっていた。自分はただ単にそこに出入りしていた三河屋よろしい酒屋だった。なんだかこの世すべてに喧嘩を売っているような、そんな顔が自分にとってはクリーンヒットだったのだ。それをそのまま口に出したら、その日のうちに鼻っ柱を折られた。それ以来、なんやかんやと自分は彼に関わることに決めていた。不景気なので実家の酒屋は無駄に暇である。それに、なんだかんだと愚痴りながらも生きている自分の両親も健在で、店は回っているから問題ない。
「やーさんでもなんでもよ。確実におまえよりオレの方は腕っ節あると思うんだ」
「知ってる。身にしみるほど」
「んじゃ、なんで割ってはいるんだよ」
「だって、なんか揉めてたし、こういう場合は、身を挺して守るのが、愛してる証かなあと」
「いらね。そんな証。おまえが出てこなきゃ、すぐに終わったんだって」
 まあそうなのかもしれない。とりあえず、仁寿と男が揉めていたから嫉妬も半分含めて追突していっただけだ。愛は盲目、表現はストレート一本と決めている自分としては素直な気持ち故の行動なのだが。今は少し反省していた。
「今後は少し、待ってから割ってはいるよ」
「割って入ってくるんじゃないって言ってんだよ」
 呆れたような言葉に自分は小さくため息をついた。あまり関わりになりにくいので、見つけては突撃するというのがただ癖になっただけなのだが、今回仰向けになっている自分からしてここはひとつ仁寿の言うとおりに自重しようかなとは思った。
「揉めてた人は?」
「おまえと同じように仰向けになってるよ。しゃべんないけど」
 仁寿が自分の視界から少し消えて、代わりになにかを小突く音がした。ついでにぐうだかううだかと獣のいびきみたいな声が聞こえる。仁寿は仰向けに倒れた二人の間でしゃがんでいるらしかった。
「なんかしたの?」
「親父のとこの金、盗んだんだよ。取り戻してこいっていうから探して、声かけたらおまえが突っ込んできたの」
 あれは声をかけてたのか。と邂逅する。完全に揉めてたと思うのだが、生きる世界が違うと常識も違うのかもしれない。さすがにそれは自分には判断がつかなかった。仁寿はいつの間にかたばこを取り出してくゆりだした。じわじわと燃える先が赤くともる。自分の痛みに同調するようなそんな脈動のような火は暗く鈍い。
「……おまえさ、どうしたいんだ?」
「へ? なにが」
「そのさ、バカみたいに愛してる愛してるって歌詞みたいに叫んでるのがピンとこない」
「えーなんで。正直に胸の内を思う存分叫んでるだけなのに! なんで通じてないんだよ!」
「知るか。オレもおまえも男だろう。なにがどうなれば愛してるなんだよ。せめて好きだー! ぐらいに下げろ」
「いや、好きではオレの愛おしき無限の愛は伝えられん」
「いらねえ。つってんだ。腹、殴るぞ」
「あ、あ、やめてー」
 殴る代わりに大きくたばこを吸い、ため息のような長い吐息で煙を吐く。そんな様子を眺めながら、たばこになりたいな。などと考えてしまったがそれは口に出すのはやめた。本当に殴りかかってくるだろう。この状態では避けられない。
「オレさ、いつまでこうしていればいい?」
「知らん。ったく、おせえな」
 仁寿がぶつくさ言いつつ時計を見る。装飾品の大多数は人からもらったものなんじゃないのかとさすがに気づいた。仁寿の若々しさに似合わないごつい金時計はおっさん趣味を通り越してどこに行けばそれが手には入るか聞きたいぐらいだった。仁寿、センスを磨け。別に悪趣味でもオレは愛せるけど。ってか、そこがカワイイと思うんだけれどこれも口にしたらまずいか。
「あんにゃろ、包丁を持ってるとは思わなかったんだよな」
「やっぱり、気づいてなかったんじゃないか」
「わかるか、声かけたばっかりだったんだって、マジで」
 身じろぎをしてその男を見ようとするが身体が上手くひねれなかった。かろうじて見れたのは脱力した手だか腹だかの一部のみだ。自分と違ってぴくりともしない。まあ、さっき、うめいていたので死んでいるわけではなさそうだ。
「何歩たりとも譲る気はないけど、おまえの愛ってのは、そこまでするほどのもんなのか?」
「なんで?」
 唐突な質問に思わず声を上げてしまった。身体が軋んでしまう。仁寿はなにか考えて居るような表情でたばこを持った指先でこめかみをかいていた。不思議そうな顔は少年のように幼い。まあ実際自分よりずいぶん年下なんだろうが。オレの人生よりは波乱をくぐり抜けている。すさんだ職業についているのはわかってる。だかそれを否定するものを自分は持っていないし、彼はその暮らしが少なくとも以前よりはいいのだろう。鼻を折られたのはもう数年も前のことだ。その間ずっと、大きなお家であそこの旦那さんを親父と呼んでいるのだ。
「愛は言わなきゃ伝わらないだろ。オカンがしょっちゅう、オトンにぶつくさ言ってるし、オレもそれは思うんだよ」
 言わず、見て考えて妄想して、それが相手に通じるかと言われたら通じまい。自分の中で処理する想いは、先行しすぎれば歪むし、客観性を失う。言えば伝わるんだから、言えばいいのだ。好き好き大好き、愛してる。とまあそれが頷いてもらえるかは別の課題であって努力次第だろう。
「単純なバカなのか」
「……あれ? そういう結論なの?」
「だろう。男に愛を叫んで、最終的に何の問題もなく終わるはずだったことに首突っ込んで包丁を腹にたててる時点で」
「あ、やめて、今の状況をつぶやくの。あ、なんだろう、ねえ。この包丁抜かなくていいの? いつお医者さんってくるの。さっきの電話は一一九番じゃなかったの?」
 現実を述べられて、自分は思わず腹の痛みに気づいてしまった。たばこの火のように時折、うずくその痛みなんだか熱なんだかわからない感覚は、正直言って気持ちが悪い。なんで自分はここまで饒舌にくだらないことをしゃべれていたかと言うと、腹に包丁が刺さっていることを考えないようにしていたからに過ぎなかった。改めて知らされて思わず顔を上げようとして、仁寿が手のひらで頭を押さえにかかってきた。そのまま地べたに後頭部を寝かされる。動くなということなのだろう。
「ったく。おせーな。あのじじい」
 そうくわえたばこで上手に言うと、ケータイを取り出してどこかへかける。じじいってなに。救急車じゃないのか。
「じじい。いつまで待たせるんだよ。とっととこい、この藪が」
「え、藪? 藪なの? なんで一一九じゃないの」
「おまえはいいよ黙ってろ。あと、触るんじゃないぞ。その包丁。抜いたら今より危ないぞ」
「えーえー……」
「……懲りたか? オレを助けたところでなんもないんだよ」
「……いや、大丈夫だ。愛のためなら死ねるから。オレ」
「死ぬんじゃネーよ。バカ」
 たばこの煙を吐くためか、仁寿が顔をそらす。先ほどまで特にそんな風に気にしてもいなかった仕草に目がいった。金髪だか茶髪だか見分けのつかない派手な後頭部が夜空に何となく明るく見える。分厚い雲。気がついたら白い雪が降っていた。
「ねえ、じいさんでもいいけど、いつ着くの? 雪、降ってきたんですけど」
「わかんね。いつかくるだろ。まあ、このまま雪が降り続けば、オレも寒くて死ぬな」
 たばこを律儀に携帯灰皿にねじ込みながら仁寿がつぶやく。腹に包丁刺さったまま路上でなすすべがない。自分としては正直、つらくなってきた。
「愛のためなら死ねるんだろ」
 仁寿の言葉に自分は何も言ず、顔に舞い降りる雪をただ受け止めることだけしかできなかった。