Novel

3話

 ホテルはチェックアウトし、鍵をフロントに預けて町をでる。行きにはごちゃついた気持ちを抱えていた亮太だったが帰りは落ち着いてはいたものの寂しさばかりを感じていた。友人の死とまみえたのが大きいがそれとは別に人の多い一日だったのもあるだろうと、着替える間もなく喪服のまま電車に乗り込んで思った。独りきりで安心し亮太はうたた寝した。幾度かの覚醒とまどろみを繰り返しながら、曖昧な意識の中でじっくりと自分の胸の中でわだかまっている悲しさに浸った。
 家のある駅についたときはもう日は落ちて夜になっていた。ケータイを取りだして連絡をとろうと思ったがそれを止める。なんとなくだが家にいるような気がした。駅を離れ、住宅街を通り見覚えのある町並みに気を緩ませながら歩いた。考えないようにしつつも、もっと身体を大事にしていればよかったのになどと、草薙への愚痴が頭にぐるぐると巡った。言葉少なに付き合うのではなく、もっと言い合えればよかったんだろうか。と考えながらもあいつのことだから、口で気をつけるといいながら、変わらない多忙さで動いたのだろうと決着する。苦笑混じりに家へ行く最後の角を曲がる。
「あ」
 顔を上げた先に秋人が居た。亮太の門扉を閉じ、どこかへ出かける風だった。声を上げた亮太に気づいたのか人の気配を察したのか、目が合う。すぐに誰だか解ったのか、微笑みを投げかけられた。門脇に設置してある外灯に照らされて判断がついたのだろう。亮太は無意識に彼に近寄っていった。我慢をしていたつもりはないのに、安心感と同時に言いようのない辛さがこみ上げて、亮太は何のためらいも考えもなく正面に捉えた秋人をかき抱いた。
「ったさん!?」
 うわずった声が耳元で聞こえるのも無視し力を込める。柔らかい髪に指を差し入れ頭を押さえ、縋るように背に回した手で服を掴んだ。小さな抵抗を圧し止めるように力を込める。甘えるように肩に顔を埋めた。いつの間にか溢れた涙を止めることなく縋りつく。
「……あの、人が」
「いいんだ」
 苦しげに抵抗をする秋人を亮太は肩を握りしめて拒んだ。落ち着くまではこうしていたかった。誰に見られてもよいと思った。とめどなく流れる涙は悲しいからなのか、安心したからなのか自分ですらわからない。小さく拒んでいたせいなのか、秋人はささやかな抵抗のあと、おとなしくなった。必死さに気づいたのかもしれなかった。無抵抗さに安心して擦り寄り甘えるように泣き続けた。背に添えられた手が温かかった。安心して悲しさに浸れた。それが嬉しかった。
「大丈夫ですか?」
 ひとしきり、亮太は泣いていた。いい歳をした大人が息子ほどの青年に縋って泣いていると状況をふと理解して理性が戻ってくる。だが、理性は戻ってもなかなか涙は止まらない。気まずくなってきたものの恥ずかしさに顔が見せられない。抱きとめていた両手の力を抜くと、秋人も離れるように一歩退いた。うつぶせた顔に解るようにハンカチを差しだされて受け取る。情けなくて顔が上げられない。
「とりあえず、家には入りましょう」
 促され、手まで差しだされた。顔を上げて歩けるとは思うがさすがに明るい外で醜態はさらしたくなかった。先ほどまで優しく添えられていた手をとる。子どもになった気分で門をくぐった。
 薄暗い部屋に座らされる。秋人はなぜか電気をつけかった。完全に冷静になっていた。悲しい気持ちはあれどそれは静かに落ち着いていて、先ほどまでのもやもや感はまるでない。それが帰って自分の失態に近いような恥ずかしい態度が思いだされて情けなかった。
 秋人も同じように座り込み、繋いだ手を離さないでいた。暗がりの中でも亮太の様子を窺ってのことだと察して亮太は顔を上げた。だが、手だけは離さない。離したくなかった。秋人が握りしめていない手に握られていたハンカチをとり、片手だけを使って顔を拭われる。
「あ、いや、大丈夫、ごめん……取り乱して」
「いえ、大丈夫ですから、あのお茶かなにか飲みますか?」
 立ち上がろうとした秋人を思わず止める。とったままだった手を引き、中腰になった秋人を半ば強引に座らせた。
「亮太さん?」
 手を握り直す。その行為に秋人は疑問を感じたのか一瞬の静止のあと座り直した。ほんの少し近寄ってくれる。手を握ったまま肩へ頭を垂れて縋った。
「大丈夫ですかほんとに」
「あ、うん。もう大丈夫。ただちょっと……」
 最後までいい切らずに手を握りしめた。顔が熱いのは先ほどの失態というよりも無駄にもたげた今の気持ちだった。甘えたかった。心細さがどこか残っているような気がしてほんの少しでも離れていたくなかった。ただ、口ではいなかった。性分もあるがいい歳してそれを伝えてどうなのかとも思う。思考がさまよう。
「傍にいてくれるかな……」
 耳元でなんとか囁く。秋人が少し身じろぎしてからおずおずと亮太から手を離すと、その手は亮太を寄せるように抱いてきた。優しく背を撫でられる。どことなく慈愛の満ちた撫で方に寂しさに駆られていると思われているようだった。甘えるように首筋に唇を寄せる。遠慮しながらも首筋に吸いついた。
「えっ?」
 思わずのけぞった秋人に縋る目を向ける。暗い室内で見えたかどうか、わからない。亮太も身を寄せて秋人を抱く。
「ああの、亮太さん?」
「ご、ごめん。嫌なら……やめるけども」
 焦る声に亮太はいったん離れようと顔を上げる。だが、口に出してみた言葉と気持ちが一致していない。一度、そうやって触れてしまったら止まらなかった。
「いやなんてことは……ないですけどっ」
 戸惑い混じりに否定ではないが肯定でもない返事をされて、それも仕方ないと思う。亮太自身からこういう行為に秋人を誘ったことはない。どうすればいいか解らないのだ。過去はする側だったそのときはどうしてただろうか。忘れてしまった。
「その、触れていたいんだ」
 我慢をこらえて口に出す。彼は動かなかった。亮太は遠慮げに触れる。先ほどと同じように首筋に吸いつき、抱いた肩を、頭を撫でた。
「亮太さん」
 名を呼ばれる。顔を正面に捕らえると秋人の方から近寄った。唇を重ねあう。恥ずかしさが消えず、誘っておいて身を引くと秋人が抑えた。薄暗い光の中でも笑っているのが解る。
「なんで逃げるんです?」
「あ、いや……そんなつもりはないけど」
 日頃でさえ、淡泊であるのに先走った気持ちだけで、動いた自分が恥ずかしい。手を繋ぐのや背を叩かれるのとは違う触れあい。心地よくもありながら緊張する。固まったままの亮太に秋人が触れた。シャツの裾を引かれ促されるまま一度離れた身を寄せる。
「あー、上着を脱いだ方が……喪服ですよね」
 引き出された裾から中へと手を差し入れられる。言葉だけではなく、脱ぐように促されるが、無意識に拒んでしまう。ほんの少し冷たい体温に身を強ばらせながらも体温を奪われる感触を楽しみながら、ここまできて沸く恥ずかしさと理性が切り離せない。秋人から手を離し尻込みしてしまうとスーツの上着を引かれた。着乱れていたスーツはすぐに落ちてしまう。押し倒されるまま床に仰向けになると追うように秋人が覆い被さる。
「……っふ」
 流れのままに首筋に食いつかれた。ぬるりとした熱い舌が首筋を這うのがわかって声がでた。シャツの中に入った手が素肌をまさぐる。くすぐったさとともに興奮を煽る感触がして、身体が強ばる。無意識に縋って亮太も秋人の首筋に吸いついた。
「っつ」
 秋人のシャツをたくし上げ、同等に並ぼうと身体を探る。互いに競いあうように愛撫をしあった。シャツのボタンが下から外されていくのを恐々としながらも淫らな期待の籠もった感情で捉える。床に倒され、はだけた胸に改めて手が触れられいたずらにまさぐられた。
「くぅ……」
 徐々に箍が外れていくのがわかる。秋人の遠慮げな愛撫に物足りなさを感じて同じように秋人を煽ろうとシャツを引き上げ脱がせた。ほんの少し秋人の顔が驚いたように見える。積極的に動いたことはないから驚いたのだろう。縋りついて唇を重ね、舌をねだる。逡巡は一瞬で秋人も重ねていく。
「ふっあ……んっ」
 触れていると思うと愛おしくなる。愛おしくなればもっと触れていたくなる。絶えることを知らない欲求を行動へ変換していく。露わになった秋人の素肌に手を寄せ、撫で上げる。くすぐったいのか震える秋人に愛おしさを感じて擦り寄った。胸元に吸いつき啄んだ。
「あっ、ちょっと……りょ、うたさんっ」
 秋人が予想外の行動に驚いたのか逃げるように身を離す。中腰になった秋人を追いかけ亮太も身を起こす。手を掴み、それ以上逃げられないように秋人を止める。秋人を見上げながら、腰を寄せ舐めた。
「っつ……ど、うかしたんですか……?」
 亮太の愛撫に堪えながら不思議そうにつぶやく。
「……いや、触りたいだけだよ。本当に」
 戸惑う空気を知らぬふりした。ほんの少し考えて亮太は秋人のベルトを外しかかった。
「あっ、ちょっと、あのっ」
 慌てる様子を無視する形で秋人のズボンを下着ごと下ろした。張りつめたものが目の前に現れてほんの少したじろいだ。秋人も恥ずかしさ故なのか腰を落として身を引く。それを逆に引き寄せた。考えたあげく、そっとその勃ったものを手にとる。
「あっ、だ、めですっ……」
「いいから」
 ゆっくりと指先をうろうろさせると秋人が震えた。立っていられないのか腕を絡めて肩に顔を擦りつける。寄り添われた頬に唇を寄せ、触れる程度のキスをすると、甘く握っていた手に力を込める。痛みを伴わない程度に丁寧に扱く。
「っぁ……あ」
 滲む音がして抱かれた肩に力が込められる。それが自分が動かした、手への反応であると思うと亮太は嬉しくなってしまった。徐々に動きを大きくする。
「は、あっ……んくっくう」
 声を荒らげないように秋人が首筋に噛みついた。ぞわりと背筋が逆立って攻め立てる手が緩む。その隙に噛まれた首筋を舌で撫でられる。
「……っつ」
「亮太さんだけは……ずるい」
 耳朶に沿うように舌が這う。耳元で濡れるような音がして怖気のような感覚が身体を走る。痺れは甘く残り下部に熱を置いていく。その火照りを秋人に返すようにくっと手に力を込めると身体が跳ねた。くちくちと音を立てて扱き、先から零れる体液を撫でつけ煽る。震えながら秋人の力が抜けていく。ずるりとしなだれるように縋られて顔が寄る。自然に唇を重ねた。そちらに気をとられて手が緩む。秋人が息を絶え絶えにしながらもそっとベルトに手が触れたのがわかった。外される金音に緊張しながらも拒むことはしない。外された留め金からするりと奥へ手が這入る。自分がしたことと同じように握りしめられゆったりと手が上下した。
「はっ……」
 息を飲み、堪えながらぞわぞわと感覚を楽しむ。気持ちよさと愛おしさを返すように舌を絡めて吸いあう。二人して絡み抱きついた姿で息を荒上げていた。
「秋人く、ん。あん、まり強くされると……」
「え、ご、ごめんなさい」
「いや、その……さ、触るだけじゃなくて」
 尻つぼみのごにょついたつぶやきに秋人が察したのか腰を抱き浮かせる。素直に従うとするりと下を脱がされた。火照った身体に外気がひやりとする。臀部を撫でられてさすがに驚く。体液に濡れた指先が窄みに触れて力が籠もってしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「……あ、あー。止めないでいい」
 腰を上げて弄りやすい体勢になる。恥ずかしさゼロではないがそれ以上に、もっと深いところで触れていたかった。窄みに指先が再び触れ、それと同時に前にも触れた。ゆっくりと同時に弄られる。
「……ふ……んぁ」
 ひくつくどちらともいないところが。秋人の肩にしがみつき、腰を浮かした姿はあまりよい格好とはいない。だが、そんなことがどうでもよいぐらい必死だった。少しずつ窄みに指先が這入ってくるのがわかる。なるべく力を込めないように心がける。それを促すように前を弄られ亮太はこみ上げるもどかしい射精感に秋人を力いっぱい抱きしめる。
「くっ……いっ」
「い、痛いですか?」
 荒い声ながらも気遣いをしながら秋人が囁く。その言葉に亮太は首を振った。止めて欲しくない。苦しいのは事実だが半端にされるよりじっくりと触れていて欲しかった。体液で緩んでいく中を止めることなくほぐされる。卑猥な願いを受け止めるような行為が嬉しかった。取り縋った首筋に吸いつき舌で撫でる。秋人の反応が指先から繋がって自分の身体が跳ねた。
「ん……んっ!」
 ぬるりと指先がほどける。苦しさから解放された安心感とそこはかとない惜しみがない交ぜになる。脱力感に我を失う前に秋人をほんの少し押し倒す。
「どうしました……?」
 答えることなく床に仰向けになった秋人に覆い被さる。戸惑う秋人をそっちのけで秋人の硬くなっているものに触れた。
「あっ……」
 ほのかに緩む身体に少しずつ身を下ろす。硬いものが完全に身を下ろすには至らない。手を添えつつ窄みに挿れる指先が緩めてくれたとはいえ簡単にはいかず幾度も添え直す。
「っうっ」
「む、無理は、しないで……うあ」
 半身を起こして様子を窺う、秋人に首を振り否定するとそのまま身を下ろす。ひどくきつい。あたりまえなのだが途中では止められなかった。先が這入った感触に拒む余地もなく奥へ動く。
「はっぁ……」
 息を抜きなんとか収める。圧迫感に動くことができずにじっと堪えた。痺れるような痛みのような、なんともいない感覚に呼吸もままならない。半身を起こしていた秋人がぐっと身を起こした。
「わっ。ま、待って、ぃ……いっ……」
 身を起こされて転げそうになる。それを秋人が腕をとって支えてはくれた。だが引き寄せられる反動で、抉られるような感覚に顔をしかめた。身体を抱えるような形で正面に顔が合う。申し訳なさげでありながら、優しげな笑顔が捉えられ、亮太はつられるように痛みを堪えて微笑んだ。互いに様子を窺うように見つめあい、どちらともなく唇を合わせた。啄むのも数度、荒々しく舌を絡めあう。
「ん……ふ、ん、んん」
 指先が身体に触れ、強引な挿入に萎えたものを秋人が触れた。柔らかく揉まれ、やがて硬くなると徐々に扱かれる。その度に力が抜けて抜きようのない秋人のものに体重をかけてしまい圧迫される。上にのし掛かるように抱かれているので重力と脱力に逆らえなかった。
「亮太さん、ゆっくり……で」
「はっ……あっ、力が抜けて……あっああ」
 揺さぶられているわけでもなにでもないのに徐々に感覚が鈍っていく。亮太自身がまるで動いているような行為になっていた。痛いような違和感のようなものが甘く煽るような淫靡な感覚になっていき、亮太は必死になって秋人にしがみつく。秋人はゆっくりとだが確実に調子を合わせて身体を揺さぶってくる。追い詰められるようなきつい感触と気持ちいいと感じる淫靡な気持ちが、ない交ぜになって必死に互いにしがみついた。どちらがどう動いているのかすらわからなくなるほど身を寄せる。舌を絡ませあい思い思いに互いの舌を吸い上げた。
「うっ、んんっ、あ、秋人く……あっ」
 つかの間に離れた口から亮太は必死にしがみついている相手の名前を呼んだ。彼の切迫した熱い瞳を見て淫靡に震えながらもどこか安心する。そんな感情に促されるように強い感触が身体を巡る。
「はっあっ……っ、あっあ、だめだっ」
 手放しになったような落下感に怖くなり、秋人を掴むように抱いた。力を込めたせいで自然と窄みも締めてしまう。秋人の突き入れてくる感覚がリアルに感じられて煽られた。
「くっ……亮太さ……んっ。きつっ、い。は……くっ」
「んっ! はぁ……あ、あっ、あ」
 唐突に体内放たれた熱に身体がのけぞる。相手の開放感を知って、亮太もなにか留め金を外されたかのように熱を放った。じわりと腹の肌に染みるような淫らな液体を放ってどっと力が抜ける。息の上がったお互いを優しく撫で上げ落ち着くまで二人は絡み合っていた。

「これ、洗えるんでしょうか」
「……ど、どうだろう」
 熱に浮かされた行為で、不謹慎にべっとりと汚れた喪服の上着を見て、亮太は返事を濁した。汚れるからと脱いだはずなのに結局二人で踏み敷いて結果、人の前には出せないような汚れがついてしまった。シャツもズボンも似たようなことになっている。
「……とりあえず、全部洗濯機に放り込んで……まだ着られるようなら、改めてクリーニングに出すよ……」
 縮むかもしれないし、最悪、着られないだろうが、それはそれでと、考えることにした。秋人も亮太も身綺麗にはしたが、互いに全裸だった。あらかたの汚れは拭いたもののどことなく汗ばんでいて不快さは拭えない。気持ちだけがすがすがしいほどすっきりしていて、亮太はほんの少しだけ自分を恥じた。
「せめて下着、とってきますね」
 秋人が悲惨な汚れ物をまとめて亮太に断りを入れる。亮太はなんだか小さくなって座り込んでいる状態だ。感情というより本能任せに動いたせいで体力を失っていた。腰が砕けて立てないのだ。
「う、ん」
 恥じ入った状態でうなずくが、秋人はしばらく動かなかった。首を傾げて様子を窺っている。亮太はその様子に疑問を抱きながらもすぐに察した。さらに恥ずかしくなる。
「も、もう。一人でも大丈夫だから、とってきていいよ」
「はい」
 ようやく立ち上がり、風呂場の方へ向かって消えていく秋人に気づかれないように火照った顔を隠した。まだ、独りにされるのを拒むかと思ったのだろう。子どもじみたねだりとそのわりには要求が淫らすぎた自分に消え去りたくなる。
「あー、もう……」
 足を抱え、体育座りで凹んでみる。通夜や葬式の件を思いだすと、ほんの少し寂しさがもたげる。胸を貫くような悲しさはなかったが、自分の中の大事な一人を失ったことは変わりない。徐々に重くなる身体の気持ちのいい疲労感に身を委ねながら、亮太は静かにため息をついた。顔を起こし、仏壇を仰ぎ見る。亡くした家族の写真が並べてあるそこは、こういうあとに見るのは罪悪感が湧くが、そんな自分の気持ちは置いておく。
「香奈、草薙を頼むな」
 あの世なんてないとは思う。あったとしてもその世界がどうなっているか想像はつかない。言葉を出せば弔いになると思った。自己満足の言葉だろう。あるかわからないあの世に通じればいいと思った。香奈はもてなしが好きだったからきっと喜んでもてなすだろう。そんな想像をした。
「亮太さん、あの、さすがにみっともないのでパンツはいてください」
「え!? あっ!」
 背後から声をかけられ大慌てに慌てた。差しだされた下着を受け取るが、いまだに腰は砕けたままで力が入らなかった。なんとか自力ではこうとするものの上手くいかない。四苦八苦した末に、結局秋人に穿かせてもらう。
「……な、情けない」
「ごめんなさい。どうしても最後の方は余裕がなくて……」
「いや、秋人くんがそういうのはまたえーと」
 恥ずかしい文言をひと言、ふた言、交わしながら下着を身につけてもらい一段落する。穿かせてもらった体勢のまま二人なんとなくなごんでいた。秋人に抱えられるように二人で座っている。
「……大丈夫ですか?」
「うん……君がいてよかった」
「?」
 素直に悲しめたのは秋人がいたからだろう。委ねて子どものように泣けてよかった。そんな風に感じる。秋人はいまいち意味が掴めてないようで首を傾げてしばらく不思議そうに黙っていた。
「……いつか、私が死んだらどうする?」
「え? わからないですけど……悲しむんじゃないかな」
 秋人の答えは曖昧だ。現実味を帯びない話に追いついていかないようだった。近しい人の死を目の当たりにするには秋人は早いのだろう。若いからその曖昧な考えは仕方がない。
「まあ、それまで一緒にいるかはわからないか」
 別れるかもしれない。何らかの理由で、不条理な死を迎えるつもりは亮太もないが、それ以外の別れの可能性はゼロではない。
「います」
「え?」
「……変なこといわないでください。一緒にいられるよう、努力もします」
「あ、ごめん。……うん。私もする」
 秋人の言葉に小さくうなずく。ぎゅっと硬く抱きとめられる。根拠はないが自信に満ちた言葉に気が緩んだ。目を閉じるとどんどんと眠気が増していく。
「亮太さん、寝たら風邪引きますよ」
「ん……」
 反応したつもりだったがそれもかすかに声を出したに過ぎなかった。背を預け包まれるようにまどろむ。安心しきっているのが自分でもわかった。心地よいと思い馳ながら夢の中へと落ちていった。

青い空にくゆる煙は小さく細い道になって空となぜか亮太の自宅を繋いでいた。そんな子どもじみた夢にいい歳をした亮太は没頭した。