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僕らの現実

 僕らはもう戻れないから晴れた日に殴り合う。ストリートがどうだとか、ギャンブルだとか、スポーツというわけでもない。殴り合って生きているのだとか、そういう崇高なことを思うわけじゃない。いや、思っている奴もいるのかもしれないけど、殴りあうことが娯楽なんだ。言っておくけど、娯楽の定義なんてものは今は問題じゃない。今、対処すべき問題は僕の頬には幼なじみである上野の右ストレートが突き刺さっているということだ。
「がっ」
 声が漏れたのかもしれない。それにしても鈍い。何だかこの状況はそれに尽きる。大学の体育館倉庫は広くてぱっとしない。用途がそれを必要としていないのだから当たり前のことだけど。どうしてか、ここも時間も僕にある感覚も全てが鈍く感じる。それで意識が遠くなるんだから間違いなく人の脳には救いがあると思う。
 差し込んだだけの差し歯が弾け飛びそうだ。でも、痛くない。高揚しているのだからそうかもしれない。それでもどこか冷静な気がする。そう。僕の財布の中には八十五円しか入ってないんだ。弾け飛んで行方不明は困るんだよ。

 ぐるぐる回っていた景色が一瞬止まり、訪れた今。だからどうしたと言いたいが言えない。ずっと遠くまで僕の腕は伸びていて拳は上野の鼻を押しつぶしているのに風景は変わらない。
 そうそう、場所の提供者以外にこの大学に通っているやつはいない。ええと、つまらないことは考えなくていい。重心がどこにあるのか、それがはっきりしないのが何とも言いがたい。その方が今は大切だ。
 肩が重い。背筋が痺れる。空いている手はちゃんとガードしているか? 初めてのことを思い出せ。攻撃と言う発散を覚えるまでそれが唯一の手段だったはずだろ。それは今でも変わらない重要事項のはずだ。
 意識はある。でも、何も動かない。目に見えるのは歯を食いしばった上野の顔。その顔はもう見飽きたよ。だからといって変わってくれというわけじゃないんだ。僕らはもうすぐ二十歳になる。すげえよな。もう二十歳だぜ?
 チクショウ、溜め息がつけない。殴り合うと時々ぶちあたるこの感覚。素晴らしいような命が削られているような。でもな、いつからだろう。殴られても視線を外さなくなったのは。きっとあの時だ。ケンカで死んだ仲間を麻袋にいれて山に埋めた十八歳の誕生日からだ。僕らはもう普通の感覚には戻れないのだろうか。
「がぁ」
 僕の声を合図に時は我慢を止めて動き出し、頭は取れそうなほどにぶっ飛んで、ボツボツ穴の空いた天井が見えた。

 緊張感が渦巻きに解けていったのだろう。そんな感覚だったような気がする。そうだ。ノックアウトされたんだった。きっと地味に倒れたんだろうな。肩が痛い。
 瞼は開かない。その分色々な音が聴こえてくる。僕はさっきまでその中にいたんだ。ゴム底の靴が砂の上を滑る音に肌の弾ける音。コンクリートの上の埃のような砂。きっとそれは舞い上がってるだろうし吸い込んでもいるだろう。それはしょうがないことだ。
「わる。わる」
 僕の徒名を呼ぶ声だ。近い。そろそろ目を開けるよ。もうちょっと待ってくれ。あと少しだけ待ってくれ。恥ずかしい徒名を連呼するな。わかってるって。
 正しい事を言う人達にとって哀しいかな、いくら目を瞑ってもすぐそこにある現実と僕らの現実は大きく違う。輪になって中心を眺めるこいつらは小さく狂って、僕らはそれに癒される。だから、これからもこの狂気の切り売りは終われないと思うんだ。きっと、ずっと。